イトーキDX推進本部デジタル技術研究所の福島浩介研究員は、2022年10月1日、シンポジウム「デジタルと学びの明日を展望する~2030年代の学びの生態系とは何か」(国際大学GLOCOM主催)のパネルディスカッションに登壇した。本稿では、デジタルな学びにおける創造性や探究心の発揮について、イトーキが掲げる学びの場のコンセプトである「Smart Campus Solution」の狙いを共有しながら、セッションのテーマである学びの場における”PLAY”について、パネリストらと繰り広げた議論の模様の一部をレポートする。
「デジタルと学びの明日を展望する」をコンセプトに産官学の教育関係者らが集うプラットフォームとして国際大学GLOCOMが新たなに設立した研究体制FuLL(Future Learning Lab)。イトーキは大学などの高等教育を研究対象に研究メンバーとして参画している。そのキックオフ研究会として2022年10月1日に六本木ヒルズで開催されたシンポジウムには、100名を超える会場参加者に加えて、オンライン配信によるハイブリッド形式により全国から学校関係者らが集い、2030年代の学びのエコシステムをテーマに交流・議論した。
イトーキの福島浩介研究員が登壇したパネルディスカッションでは、「PLAY」をキーワードに学びの場において子どもたちのPLAY、つまり生徒や学生たちの創造性が発露する状態をどうつくりだすか、自分たちが主体的に創造活動を行いながら、課題解決へとつなげていく体験をどうアシストしていけばよいのかについて、パネリストたちの実践事例を交え次のような意見交換がなされた。
学びのPLAYは楽しいこと、大好きなことから生まれる
日本マイクロソフト株式会社の侘美氏は、営業担当として全国の学校をまわるなかで、同社が提供するサービスであるMinecraft: Education Edition(以下マイクラ)を子どもたちが初めて使う場面に何度か遭遇したという。「先生が授業で『今日からマイクラやるよ!』と言った瞬間、それはもう子どもたちは歓喜する。家庭などですでにマイクラを使っていて、ゲームだし、楽しいとわかっているので、それが学校で使えるということで喜んでくれる。先生方になぜ授業でマイクラを使ってくださるのかを聞くと、とにかく子どもたちが大好きだから、というのが理由になっている。」学びへのデジタル導入期において、学校現場では教員たちが子どもたちのツール上で創造性を発揮している様子を目の当たりにするなかで、子どもたちに前向きに、主体的な学びを促すうえでPLAYの重要性を認識し実践が進んでいる様子がみてとれる。
さらに、授業で使うだけではなく、不登校の子どもたちのコミュニケーションツールとしてマイクラが機能している事例もある。「学校のクラスではお友達とのコミュニケーションに難しさを抱えている不登校の子どもたちが、自宅でマイクラの仮想空間であるワールドをつくり、そこで少しずつチャットでお互い話すようになった等、単にゲームだと片づけられないような新たな世界が生み出されている」と続けた。このようにコミュニケーションから生まれる創造性の発露を時間・空間といった物理的制約を超えて促せるようになることは、学びの場のデジタル化がもたらす大きな意味の一つだといえる。
PLAYを支えるハイブリッドな学習環境と個別最適化
一方で、コロナ禍によってリアル空間が閉ざされ、完全なオンライン授業が長らく続いていた大学生から聞こえてきた苦境を踏まえると、友人や教員たちとどう関係性を築くことができるか、リアルとオンラインのコミュニケーションのセルフマネジメントが課題となっている。こうした大学生の環境変化について、イトーキの福島研究員は「学生たちは、通学時間を好きなことや新しいことをやるための時間にうまく組み替えているようだ。教員からのインプットが中心となる一方通行の授業はオンラインを選択し、グループワークが主体になるときは対面を選択するなどうまく対応している。また、対面でグループワークをしながらもオンラインでチャットや共同編集ができるツールを使いながら協調学習をやっているケースも多く、まさにリアルとオンラインが融合したハイブリッドな学びの実践が進んでいる」と説明した。こうした学びの変化に空間が対応するために、例えばグループワークの参加者にオンラインとリアルの両方がいる場合にも快適に作業できたり、複数グループがリアル空間にいる場合には隣のグループの会話がオンライン参加者には聞こえないようにするようなリアルとオンライン両方の参加価値を高めるためのシステムを研究開発中であることを示した。
さらに、「授業を受ける場については、最初こそ手探りのようだったが、今では自宅やカフェ、学内の図書館など、そのときどき自分の作業のしやすさや集中しやすい場所を選択するなど、学生それぞれが個々人の学びのスタイルをつくるようになってきている」としたうえで、そうした学びのスタイルをデータから構築支援するシステムについても研究中であると述べた。
これに対してモデレーターを務めたライフイズテックの讃井氏は、自社でが手掛けるサービス「ライフイズテックレッスン」がプログラミング教育の個別最適化からイノベーター人材の育成にまでつながることを示したうえで「学習環境のデザインがPLAYを引き出す可能性を持っているという点が非常に興味深い」とコメントした。さらに、学びにおけるデータ活用が学習ログをもとにした学びの個別最適化にとどまらず、学習環境デザインにおける個別最適化にも活きてくると指摘した。
教える側も一緒に学ぶ姿勢がPLAYをつくりだす
ここまで紹介されたマインクラフトをはじめとするデジタル学習ツール導入や、オンライングループワークの支援といったデジタル学習環境の構築など、学びのデジタル化は急速に変化を遂げている。こうした変化にうまく適応し、さらなる創造性向上への効果をもたらすために重要なこととは何であろうか。
横浜市の中学校で美術教諭を務める荻島氏は、美術の授業におけるデジタル利用について「生徒たちは、美術室では、パソコンを使いたいときは自由に勝手に使っているし、手で描きたいときにはスケッチブックを使っている。美術室にパソコンを持ってくるのはもう当たり前だ、というスタイルをとっている」と述べた。生徒たちの自主性に任せていくと、いつの間にか自分も知らないようなアプリケーションの機能-たとえば遠近法を用いた情景を描く課題で遠近グリッドを使いこなすなどして驚くこともよくある。そして、新しいツールの活用法を見つけた生徒には、「自分がしていることを先生やクラスのみんなに教えて」と促しているという。「大事なのは、全部教えなきゃいけないっていうスタンスよりも、教師が生徒と一緒に学ぶ姿勢。そうすれば新しいことを教師も発見できるし、子どもも発見できるようになる。それが私にとって、遊び心のある授業であり、PLAYのあり方なのかなと思っています」と子どもと共に学ぶ姿勢の重要性について述べた。
続けて、イトーキ福島研究員は、現在進行中の大学生との共同研究プロジェクトを例にとり、教員以外の大人、つまり社会とつながりながら学ぶことが学生本人にとっても、社会全体にとっても重要であることについて次のように示唆した。「今、学生たちと一緒に大学内で利用するアプリ開発プロジェクトでプロトタイプを作成している。イトーキのメンバーがユーザーである大学生のニーズについて仮説を立てて提案してみると、そのうちの半分ぐらいは受け入れてもらえるが、もう半分は『こういうのは使わないよ』と言われることも良くある。こうした開発プロセスをプロジェクト・ベースド・ラーニングとして実践することは、学生だけではなく企業側にとってもメリットがある。よりよい学びの場づくりのために、企業あるいは社会のほうから教育現場に寄り添っていく必要もあるし、大学にも企業や地域に開かれたウェルカムな雰囲気と、物理的な環境をつくっていくことが大事だろう。学校は閉ざされた場所ではなく、境界をなくし、社会自体を学びの場にすることができたら理想的だなと考えている。」。
これを受け、モデレーターを務めた讃井氏は「イノベーション人材とは、一握りのトップ層の子どもたちのことだけではなくて、自分で世界を変えられる人、変えられる実感を持っている人のこと全員を指している。そのために必要なことは、自分が好きなことから課題やテーマを発見し、テクノロジーを使ってその課題を解決したり、何かを形にしていく体験を学校の中でつくっていくことだ」と、学びの場から生じるイノベーションへの期待について述べた。さらに「PLAYがある瞬間こそ、本当によい学びがある。文部科学省が示す『主体的・対話的で深い学び』とは、まさにPLAYのことである。PLAYがある瞬間こそ新しい価値を生み出していたり、新しい挑戦ができている。そうやって未来が楽しくなっていく。これこそが、真のウェルビーイングである。これから社会全体として目指していこうとする学びの根幹にこそPLAYがある。ぜひ学びに関わる皆さんが、学習者のPLAYを引き出していく一人になっていただければ」と述べ、セッションを締めくくった。
<開催概要>
日 時 :2022年10月1日(土) 13:00~17:45
開催形式:ハイブリッド(会場 定員100名+オンライン配信)
会 場 :六本木アカデミーヒルズ 六本木ヒルズ49階 タワーホール
対 象 :テクノロジーと教育に関心のある方(教育・行政関係者・企業団体・保護者のみなさま)
参加費 :無料
主 催 :国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
後 援 :総務省、経済産業省
シンポジウムの様子はアーカイブ動画でもご覧いただけます。