千葉大学大学院工学研究院融合理工学府では、建築学を学ぶ大学院生を対象に、イトーキとのコラボレーションによる教育DXを導入した授業を展開している。最新のデジタルテクノロジーが授業にどう活用されているのか。融合理工学府創成工学専攻建築学コースの柳澤要教授と湯淺かさね助教、及びプロジェクトを担当するイトーキDX推進本部の芳賀恭平氏に話を聞いた。
◆オブザーバーも見学できるプレゼンテーション
-「墨田区が所有する約2000㎡の更地に何を建て、どう活用するか」
2024年7月、東京都墨田区にある千葉大学墨田サテライトキャンパス。創成工学専攻建築学コースで学ぶ博士前期課程1年の学生たちが、4台のモニターを前にプレゼンテーションを始めた。発表者は、1グループ 5~6人で編成する3組。「墨田区が所有する約2000㎡の更地に何を建て、どう活用するか」をテーマに、4月から約3カ月間取り組んできた建築設計の成果を発表する場である。オブザーバーには教員のほか、墨田区役所の職員も顔をそろえている。千葉大学では墨田区と包括協定を締結し、墨田サテライトキャンパスを開設した経緯もあり、墨田区の企業の技術開発支援などを含め、墨田区に関わる授業が数多く行われている。今回のテーマも、墨田区の提案をもとに展開したものだ。
学生たちが設計した建築物がモニターに映し出されると、メンバーの1人がVRゴーグルを装着する。画面がゴーグル装着者から見た建物内部の映像に切り替わり、1階の各部屋をぐるりと回った後、2階へと移動する。VRゴーグルをつけた学生が見る映像を、オブザーバーが同時に見ながら、建築物の説明を受けるという仕組みである。
◆建築学の「新しい授業の形」を実現する新技術
-コロナ禍を経て変化する授業スタイル
柳澤教授によれば、授業に最先端のデジタル技術を取り入れるようになったのは2023年度からだという。しかしそれ以前から、「新しい授業の形」を模索していた。
柳澤要(以下、柳澤) 「大きな転機はコロナ禍でした。建築系の授業では通常の講義だけでなく、学生が作った図面や建築模型を見せながら質疑応答をする双方向の授業があります。しかしこれを一般的なオンライン授業のスタイルで行うことは困難でした。そこでイトーキさんに相談させていただき、対面授業に近い授業をデジタル技術によって実現することができたのです」
今回の新しい授業にはトライノーム(torinome)というソフトが用いられた。トライノームは、株式会社ホロラボが開発したWEBベースのデジタルツイン基盤システムで、国土交通省が推進する「Project PLATEAU(プラトー)」で整備・提供される「3D都市モデル」に、GIS(地理情報をデジタル加工したもの)や画像、動画、3Dモデルを重ねて可視化できるのが特徴だ。
芳賀恭平(以下、芳賀) 「私たちの仕事はお客様のニーズに合わせて『新しい学びを企画する』ことです。その学びのスタイルを教育機関と一緒に考え、実現するためのツールを世界中の最先端技術をターゲットに探します。今回のトライノームもその一つで、建築学の新しい学びに役立ちそうだと、すぐにピンときました」
トライノームの特徴の一つとして、WEBとリアルが連携している点がある。WEB上で制作物を配置すれば現実の都市に映し出すことができ、一方で、フィールドワークで撮影した写真は、WEB上のその座標に反映することができる。また、トライノームでは、「Project PLATEAU」で提供されている3D都市モデルを活用するため、模型製作のためのコストや労力を削減できることも利点だ。
芳賀 「従来の授業では、模型で実物より小さいサイズの建築物を作って検討をすることが多いです。しかし、模型では上から俯瞰で見ることしかできないため、建築が建設されたときの人間の目線とでは感じ方が異なってしまうという課題があります。トライノームでは、学生の制作物を実際のまちと重ねて検討できるため、自分自身の体験として建築を見ることができることが新しい学び方だと感じています」
湯淺かさね(以下、湯淺) 「公共施設を作る場合は、建物をどう利用するかはもちろんのこと、景観や利便性といった『まちづくりの視点』も重要になります。この点、トライノームは設計したものが都市の中でどう見えるのか、周辺地域との関わりはどうか、といったことを検証できるので、とても役立つと思いました」
実は今回の課題対象となる土地も、トライノームの利用を前提に選んだものだという。
湯淺 「学生たちには、地域と土地のつながりを意識して設計してもらおうと考えました。そこで、JR両国駅、JR錦糸町駅、東京メトロ押上駅から同じくらいの距離に位置する場所を対象地として設定し、それぞれの駅を基点としたエリアに分けて、三つのグループに割り当てました。グループごとに、対象地を町づくりの文脈としてどう読み取るか、どう設計に生かすかを課題としたのです」
後編に続きます。