授業へのデジタル技術の導入は、建築学の理解や設計において著しいメリットをもたらした。今後、デジタル技術の進化とともに、その活用はますます期待されるが、一方で「実際に自分の手を動かすアナログの作業も大切にしていきたい」と、千葉大学大学院工学研究院融合理工学府の柳澤要教授と湯淺かさね助教は言う。イトーキとのコラボレーションによる教育DXの現状と今後の可能性を探った。
◆新技術があったからこそ、難しい課題に取り組むことができた
-レクチャーから知る現実の課題
「建築デザインスタジオ」の授業のスタートにあたり、柳澤教授はまず東京都墨田区から学生向けにレクチャーをしてもらうことにした。課題の対象となる土地がどのような場所なのか、以前そこにあった建物がどう利用されていたのか、墨田区の公共施設における課題とは何か――。
柳澤要(以下、柳澤) 「どの自治体も少子高齢化による税収確保の難しさという問題を抱えています。また、公共施設の多くは高度経済成長期に建てられ、現在、老朽化によって建て替えの時期を迎えています。つまり複数の施設を同時期に再編する必要があるため、公共施設の設計はデザイン性や利便性だけでなく、コスト面も重視しなくてはいけません。墨田区の職員からこうした説明を受けた学生たちは、建物の見た目ばかりにとらわれてはいけないということを理解したことでしょう」
こうして2024年度の課題は、周囲の環境や人流など、まちづくりの視点も取り入れながら建築物の活用法を考え、設計することがポイントになった。
柳澤 「昨年度の課題は建物の設計のみだったので、それと比べると難度は高くなりました。これを実現できたのは、やはりVRやトライノームといった新技術があったからこそだと思います」
◆iPad(※)をかざすと、目の前に建物があらわれる
※iPadは、米国および他の国々で登録されたApple Inc.の商標です。
―現実世界に3Dモデルを映し出す
イトーキの芳賀恭平氏は、週1回の授業に欠かさず参加し、VRやトライノームの使い方など、技術面のサポートを続けてきた。学生と関わるなかで、「新しい技術によって新しい学びのスタイルが見えてきました」という。
芳賀恭平(以下、芳賀) 「授業の初回は、トライノームの体験会を実施しました。トライノームにはAR機能があり、iPadをかざすと、WEB上に配置した3Dモデルがリアルスケールで目の前にあらわれます。試しにキャンパスの敷地内に巨大なゴジラの3Dモデルを置いて映し出すと、学生たちは『うわー、すごい!』と、盛り上がりましたね」
学生たちはトライノームを使って“3Dモデル“を作成し、対象地を訪ね、iPadで実際の土地に“3Dモデル“を重ねて確認する作業を繰り返し行った。
芳賀 「ARで確認しながら、『ちょっとまちに馴染んでいないな』『まわりの建物を圧迫するような威圧感がある』『日陰ができることで、隣接する建物に影響が及んでしまう』など課題を見つけていました。そのたびに、設計を調整しながら、完成に近づけていました」
一方で課題も見えてきた。使用する建築ソフトはチームごとにバラバラ。ソフトによってはVRやトライノームとの相性が悪く、ファイル形式を変換するのに予想以上に手間がかかった。またデータが重すぎるとトライノームが動かないなどの問題も生じた。
芳賀 「ただ、最近はこうした課題に対応しているソフトも増えてきています。今後はもっと使いやすくなると期待しています」
◆教育DXによって学生同士のコミュニケーションも活発になる
-最先端技術の活用で生まれる新たなコミュニケーション
柳澤教授は、この日のプレゼンテーションを終えて、「おおむね期待通りの結果が得られた」という。
柳澤 「学生たちはフィールドワークで得た情報から施設の活用法を検討し、それに沿った建築計画をしっかり提案していました。保育所やスポーツ施設、地域の人が利用できるようなカフェやマルシェが入った建築物を設計したグループもありました。学生の作品は未熟ですし、この提案がただちに実際の建築計画に採用されることは難しいですが、墨田区役所の職員たちには学生の熱意が伝わったのではないかと思います」
また、授業に最先端の技術を導入することで、学生同士のコミュニケーションが活発になったという。
柳澤 「近年日本語ができない交換留学生が増えているので、このような設計の授業では、講義やプレゼンテーションは基本的に英語で行うことも多いです。日本人の学生のなかには英語が流ちょうでない人もいますが、デジタル機器を使ううえでは、言葉以外のコミュニケーションも必要になります。外国人留学生にはデジタル機器の操作に精通している人が多いので、チーム内での役割分担もうまくできていたように感じました」
湯淺助教は、今後の授業に期待を込めて、こう話す。
湯淺かさね 「VRやトライノームの活用により、設計したいものが格段にイメージしやすくなりました。その結果として、プレゼンテーションの幅が広くなったと確信しています。ただ欲を言えば、建物を建てることでどう人流が変わるか、敷地や建物に緑を増やすと路面の温度がどう変わるか、などのシミュレーションもしてほしかった。トライノームを使えばこうしたシミュレーションも可能なので、その点は来年度の課題だと思っています」
柳澤教授は、今後も新技術を授業に活用していきたいという。
柳澤 「最新のデジタル技術を使って授業をよりよく変えていくことは、とても大事なことです。これからもイトーキさんなど、外部の企業に協力していただき、進めていけたらと考えています。一方で、デジタル技術で建築学コースのすべての授業を行うのには無理があります。例えば建築設計では、いかにオリジナルのものを考案できるかが重要になります。これには実際に自分の手を動かして設計図を書くというような、リアルな作業が不可欠だからです」
柳澤教授と湯淺助教は、アナログの作業も大切にしつつ、よりよい教育DXとの連動を模索していきたいという。
- イトーキ 磯部コメント -
授業に先端技術を活用することで、成果物がより課題に沿った提案になっていると実際の学生のプレゼンを聴講し感じました。
私たちは、今回の千葉大学様との取り組みのように、お客様のニーズに合わせて先端技術を組み合わせて新しい学びを企画する『スマートキャンパス』を提案しています。今回プレゼンを聴講し、あらためて教育DXの可能性を感じることができました。
学びの空間をアップデートすることでより学びの幅が広がり、高品質な学習コンテンツはより実践的な学びに繋がると考えています。今後も産学連携による先進的な授業カリキュラム構築に携わりたいと考えております。
プロフィール
柳澤 要(やなぎさわ・かなめ)
千葉大学大学院工学研究院 融合理工学府創成工学専攻建築学コース教授
1964年愛知県生まれ。92年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。竹中工務店東京本店設計部、テキサスA&M大学建築学部客員研究員。千葉大学工学部助教授(建築学専攻)などを経て2012年から現職。
専門は、 建築設計・建築計画(特に公共施設)、インテリアデザイン、ファシリティマネジメントなど
湯淺 かさね(ゆあさ・かさね)
千葉大学大学院工学研究院 融合理工学府創成工学専攻建築学コース助教
2019年千葉大学大学院園芸学研究科博士課程修了。(株)NTTファシリティーズ 、千葉大学大学院園芸学研究科博士研究員を経て、20年から現職。専門はファシリティマネジメント、建築計画、ランドスケーププランニングなど