東京大学高齢社会総合研究機構で高齢化社会の課題を研究する秋山弘子先生。特にシニアの就労について積極的にリサーチしています。なぜこのテーマに関心を持ったのか、具体的にどのようなプロジェクトを行っているのか伺いました。
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ピラミッド型人口社会のインフラでは対応できない
秋山先生はリタイア後の生き方について研究しています。なぜ、このテーマに取り組もうと思われましたか。
1970年代にアメリカの大学院に通っていたのですが、ここで当時まだ萌芽期にあったジェロントロジー(老年学)に出会ったことがきっかけです。ジェロントロジーは、人間の老いについて生物学、医学、社会学、 心理学、工学など多面的に研究する学際的な学問です。そのおもしろさと難しさを経験したことで、博士号取得後もアメリカに残り、20年以上も研究と教育に従事してきました。
帰国後は東大で社会心理学の調査研究を行い、定年退職しようかというころに高齢社会の課題に取り組む研究機構「高齢社会総合研究機構」(以下、IOG)が設置されました。10学部から80数名の教員が集まり、課題によってチームを編成しながら研究することになったのです。私は生活者の視点から高齢社会を研究していますが、アメリカでの経験が役に立ちました。
IOGでは具体的にどのような研究、取り組みを行っていますか。
長寿社会のまちづくりに力を入れています。今のまちは、公共交通機関や住宅などのハードも、雇用制度、医療介護、教育制度などのソフトも、ピラミッド型人口のときにできたものです。現在の日本において、65歳以上は総人口比で28.1%(2018年9月15日、総務省統計)、3人に1人が高齢者です。もうすぐ団塊世代が75歳に到達し、後期高齢者が急速に増えます。当時のインフラではこの年齢構成には対応できませんから、長寿社会のニーズに合うように、まちをリ・デザインしなくてはなりません。
そう思います。
そこで、千葉県柏市およびUR都市機構と連携して「柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会」を立ち上げたほか、福井県と「高齢者総合政策の推進に関する協定」を締結しました。柏市は、60〜70年代の高度経済成長期にできた典型的なベッドタウン。サラリーマンからリタイアした男性にヒアリングをすると、近所に知り合いがいないと言います。何かしたいけれども何をすればいいかわからないから、仕事があったほうが外に出やすい、と。とはいえ、今までのように満員電車に揺られて都心に行って夜帰ってくる気にはなれない。そこでセカンドライフの支援事業として、市内に仕事場をつくり、自分で働く時間が決められる柔軟な就労システムを促進する「生きがい就労事業」に取り組みました。
人生は二毛作。新しい自分に踏み出そう
どのような仕事があるのですか。
そのまちの地域資源によります。たとえば柏は、かつて利根川流域の肥沃な農村だったので、まちの中に畑が残っています。農家の高齢化で休耕地になっているところも多い。それを借り受け、若い専業農家を中心に組織を作り、シニアを雇用しています。
また子育て世代は共働きが多く、学童保育のニーズが高い。そこで塾と学童を兼ねた施設を立ち上げ、海外駐在経験のある人が実生活で役立つ英語を教えたり、ロボット製作に携わっていた人がロボットクラブをつくったりなどで、活躍しています。
かつての肩書きや職種にとらわれ、うまく溶け込めない人もいそうです。
それはありますね。私は最初のジョブセミナーで必ず「人生100年時代、二毛作でいきましょう」と話します。完全にリセットして、新しいことにチャレンジしてみましょう、と。
以前はシニア向けの仕事をつくるのは難しかったのですが、今は労働者不足。経営側もこれまではフルタイム雇用を前提としていたけれど、「忙しい2時間だけ働いてほしい」という隙間のニーズもあり、シニアの活用はメリットがあります。また、英語ができる、ITに強いといった働き手を組み合わせて数人1組とすれば、できる仕事はさらに増えます。そんな柔軟な働き方を、労働者も雇用者も受け入れ始めています。
なるほど。
同時に職場も、シニアにとって安全で、生産性が下がらないような場にする必要があります。20〜60代が快適に効率よく働ける職場から、80代も同じように働ける職場へ。幼い子どもがいる人、障がい者、介護者、闘病中の人……何かを抱えながらも一緒に働ける社会がいい。若い世代だけが馬車馬のように働くのではなく、みんなが週3日ほど働いて生産性を保ち、空いた時間は副業や勉強ができる。そんな全員かつ生涯参加の社会をどうつくっていくかを考えています。
シニアだけでなく若い世代の働き方も変える
2017年1月からスタートした「鎌倉リビングラボ」の活動を通して、シニアのみならず、働き方そのものを見直していると伺いました。
この活動は、IOGと鎌倉市、今泉台町内会(NPO法人タウンサポート鎌倉今泉台)、そして複数の企業とともに立ち上げました。リビングラボとは、住民が主体となって、課題を解決するサービスや製品を生み出す活動です。産学官民が一体となってディスカッションしながら進めます。世界には400を超えるラボがあるといわれています。
今泉台の課題をどう捉えていますか。
今泉台はもともとベッドタウンですが、都心へのアクセスに時間がかかるため、共働きの子育て世代が都心に移った、という背景があります。現在の高齢化率は約50%で「若い人が暮らしたくなるまちにしたい」という思いがありました。朝9時に出社することを前提とすると住みにくいけれども、近くで働けるなら環境はとてもいい。使われていない応接間をホームオフィスにしたり、町内にコワーキングスペースや会議室があるサテライトオフィスを作ったりして、テレワークが可能なまちを目指しています。
私どももラボ活動に参加し、在宅ワーク用の家具を開発しました。その過程で、子育て世代、プレリタイア世代、リタイア世代と3世代にヒアリングしました。
シニア向け商品が若い世代に喜ばれる例もあれば、その逆もあり、企業が多世代の声を聞くことはとても有用だと思います。リビングラボのメリットのひとつでもあります。リサーチ会社に調査を頼み、商品を開発してショールームに置くだけでは、そんな気づきは生まれません。今泉台地区の若い世代もリビングラボに高い関心を持っていると聞きました。
働き方が変わるとライフスタイルも変わります。たとえば、お父さんが家にいることが多くなり、夕食を家族そろって食べられるようになる。すると庭で野菜を作ってバーベキューをしよう……など、次の夢が生まれます。人生100年時代、これからは働き方、ライフスタイルを自分で舵取りしながら生きていく時代です。その時代における新しい可能性を追求する、それがリビングラボの目指しているところです。
秋山先生にとって「働く」とは?
「人生二毛作」と説きながら、私自身はまだ研究者一毛作なのですが……。私にとって働くことは、好奇心の探求と夢の実現。これから新しい形の都市農業のモデルづくりにチャレンジする予定です。
- 秋山 弘子(あきやま ひろこ)
- 東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授
1943年生まれ。1972年、東京大学教育学部教育心理学科卒業。1978年、イリノイ大学でPh.D(心理学)取得。米国国立老化研究所研究員、ミシガン大学社会科学研究所教授などを経て、1997年東京大学大学院人文社会系研究科社会心理学教授。2006年東京大学総括プロジェクト機構ジェロントロジー寄付研究部門教授。2009年から現職。