テクノロジーの進展により、モノとインターネットがつながる時代。部屋にあるボタンを押せば洗剤が届き、ポットの利用状況を確認することで介護にも活かせる。「IoT」による産業の変化など「デジタルトランスフォーメーション」を研究する森川博之先生に、働き方への影響を聞いてみました。
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「PDCA」より「OODA(ウーダ)」! 結果よりもトライすることが大切
モノとインターネットがつながる「IoT」の時代です。ズバリ、「IoT」によって働き方は変わりますか。
大きく変わります。ドイツのダイムラー社がいい例でしょう。ご存知の通りメルセデス・ベンツのメーカーですが、彼らがいまどんなビジネスをしようとしているか知っていますか?
商用車ユーザーに水道設備などの修理工が多かったことから、ユーザーに修理部品や工具の補充、交換を行うサービスを行おうとしているんです。車両の状況をインターネット上で確認し、自宅で駐車している間にキーを開け、車内にある部品の在庫チェックや補充をしちゃうんです。
「自動車メーカーがそこまでするとは!」と思われるでしょう。でもモノとインターネットがつながると、事業領域が入り乱れます。押さえて欲しいのは、変わるのはまず「働き方」よりも「産業」であること。産業が変わると新しい職が生まれ、結果として「働き方」が変わります。
なるほど。では働き方にはどんな影響がありますか。
組織と評価、2つの面で変化があります。
「PDCA」という言葉を聞いたことがあるでしょう。でも、いまは少し古くなってしまいました。だって将来がどうなるか「Plan(計画)」しづらくなったのですから。
むしろいまは、臨機応変に動く「OODA(ウーダ)」の時代です。「Observe(観察)」「Orient(適応)」「Decide(決定)」「Act(行動)」。要は、世の中の状況を見極めて柔軟に動け、ということです。メーカーも一方的に商品を作るのではなく、吸い上げられるデータをもとに、機動的に判断していかねばなりません。
ただ、そうなると失敗する可能性も高くなる。昨今の人事評価には、失敗を許容する、いや失敗を誉めてあげるくらいの方向転換が必要です。イメージは海兵隊。フットワーク軽く、まずは一歩を踏み出す人を評価する。新規事業も「利益はどのくらい上がるか」と計算し始めると動けなくなるので、むしろトライすることが大切です。
チーム間の会話は禁止!
アメリカで進む仕事のモジュール化
仕事に対する意識も変わりそうです。
アメリカの「Amazon Web Services」では「チーム間の会話は禁止(!)」だそうです。なぜだか分かりますか?
禁止、ですか?!
そうです。というより、会話の必要がないんです。
4人程度のチームに分かれて仕事を進めるのですが、会社全体の仕事がアーキテクチャとして構成されていて、各チームにはモジュールとして仕事が振り分けられる仕組みです。チーム内ではペチャクチャと議論しながら仕事を進めますが、他のチームと調整する必要がない。アメリカでは、仕事のモジュール化が一気に進んでいます。
一方、日本人は「チーム間の調整」が得意。むしろ調整することで素晴らしい商品を生むので、少なくとも仕事の進め方は「真逆」に向かっています。
何が違うのでしょう?
職務給と職能給の違いでしょう。日本は、仕事の能力を評価する「職能給」で、欧米は仕事内容によって賃金が決まる「職務給」。ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)が決まっているから、人材の流動性も高い。つまり、社内のみならず、社会の隅々までモジュール化が染み付いているんです。
デジタル化の流れは、仕事のモジュール化を後押ししています。グローバル企業がモジュール化にシフトすると、日本にも職務給が広がるかもしれません。
AI同様、IoTの登場で仕事はなくなるのだと思っていました。
日本ではむしろ人手不足の方が問題です。土木建築業界ではいま約350万人いる建設技能者が2025年までに100万人前後減少するとみられています。そうすると、現状の仕事のやり方ではもたない。僕も議論に参加した「スマート建設生産システム」についての研究会(産業競争力懇談会)では、アナログのプロセスをリストアップしてデジタル化することを検討しました。逆に欧米はそこまで労働者人口が減っていないので、失業問題が必ず出てくるでしょう。
「挨拶するために飛行機でやってきた」 「顔を出す」のが得意なアメリカ人
仕事のモジュール化が進んでいると伺いました。このような合理的な働き方に、私たちは馴染めるでしょうか?
確かにモジュール化は進んでいます。チーム間での会話がない企業があることもお話ししました。でも、ただドライに目の前の仕事を進めているわけではありません。あるアメリカ人は「ある人に挨拶するためだけに、飛行機に乗って会議やパーティに参加する」と言っていました。
日本人がイメージするほどドライじゃないんです。むしろ「フェイス・トゥ・フェイス」にかなり価値を置いている。アメリカのベンチャーキャピタルには、会わずに投資を決めるケースもありますが、一方で顔を合わせることを義務にしている企業もあります。ビジネスモデルや技術の優位性だけではなく、実際に会って手応えをつかみたいのです。「顔を出す」という日本語がありますが、彼らの方が得意なのではと思うくらいです。
あと最近思うのは、アメリカはチーム作りも得意ですね。
チームワークは日本人の方が得意に思えますが......。
日本が重んじる「チームワーク」とは少し違います。たとえばスタンフォード大学では、法学の教授とコンピュータサイエンスの教授を3人ずつ集めて「リーガル・インフォマティクス・センター」という組織を作りました。教授ばかりだから「さぞかしまとまりづらい」と思われますが、ディレクターはなんと30代。専門家の意見をまとめ、リーダーとして引っ張る人材を据えることで、チームを機能させます。一番年下であるディレクターが、年上のプロフェッサーをまとめあげる。日本はこういう人材が少ないですね。
生産性と「無駄の効用」両立がイノベーションのカギ
アメリカでは、リモートワークでバラバラに仕事をしているイメージがあります。
リモートワークが進んでいることは事実です。ある日本人が先日シリコンバレーに出張したそうですが、「ヘッドオフィスに専門家が誰もいなかった」と言うんです。メンバーは各地に散らばっていて、電話会議をやっている。「自分も日本から会議に参加すればよかった」と言ってました(笑)。アメリカは土地が広いので、生産性を上げるためにもリモートワークは欠かせません。ただ、生産性と「無駄の効用」をきちんと両立させている。
無駄の効用、ですか。
ドイツ政府は2011年から、製造業の高度化を目指すプロジェクト「インダストリー4.0」を提唱して300億円を予算化しました。でもその内訳を見ると、メインは技術開発費ではなく会合や懇親会の費用のようなんです。さまざまな人たちが集まり、議論する場から何かが生まれることを期待している。技術開発費に比べると一見「無駄」に思えますが、イノベーションにはその余裕が必要なんです。
IT業界には、社内にビリヤード台があったり、社員食堂を無料にして交流を促すオフィスも多いですね。優秀な人材も、狭いところに押し込められる会社より、そんな会社に行きたいと思うでしょう。
森川先生の働き方も変わりつつありますか?
「研究室にあったらいいな」と思っているのが、組織コミュニケーションを可視化できるシステムです。ウェアラブルセンサーを使って、誰と誰がどのくらい会話したのかが見えるシステムがあるんです。みんなと公平に話しているつもりでも、意外と偏っていることもある。誰と話したかを「見える化」して、まんべんなくいろいろな人と会話したいなと思っています。
現代のビジネスは、「一社だけで儲ける」のではなく、「エコシステム」を作ることが重要。そこに必要なのは、結局、人と人なんです。お互いが尊重し合い、win-winの関係を作ることを大切にしたいですね。
森川先生にとって「働く」とは?
僕にとって「働く」=「趣味」なのですが……、いつも心にあるのは「美感遊創」。美しさに感動し、 遊び心をもって何かを創り出すという意味です。あとモットーは「いつも300%で働く」こと。100%出そうと考えると50%くらいで終わるかもしれないので、ハードルは高めにしています。
- 森川 博之(もりかわ ひろゆき)
- 東京大学大学院工学系研究科教授
東京大学大学院工学系研究科教授。1992年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。ビッグデータ時代の情報ネットワーク社会はどうあるべきか、情報通信技術はどのように将来の社会を変えるのか、といった点について明確な指針を与えることを目指す。電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモ・モバイル・サイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞など受賞。OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代IoT/M2Mコンソーシアム会長等。総務省情報通信審議会委員、国土交通省国立研究開発法人審議会委員、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員等。