勤労者の「生涯現役」を目指す一般財団法人前川ヒトづくり財団・理事の伊東一郎さん。人生100年時代、長くいきいきと働くためには、いつごろからどんな準備をすればいいのでしょうか。
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20代のときに60代での働き方を問われた
勤労者の「生涯現役」を目指し、研修などをされていると伺いました。なぜ、そのような活動をはじめたのですか。
もともと、産業用冷凍機やガスコンプレッサーの製造・販売を行う前川製作所に勤めていました。前川は社長室がないオープンな会社。28歳のとき、当時のオーナーで社長の前川正雄さんから突然「伊東くん、30代になったら何をするの?」って聞かれたんです。そのとき考えていたことを答えたら、「じゃあ、40代は?」「50代は? 60代は?」と質問されてタジタジになってしまい。それをきっかけに、50代、60代での働き方を考えるようになりました。
当時から、人と話すことが好きでした。2002年に、厚生労働省が職業設計や能力開発を支援する「キャリアコンサルタント」を5年間で5万人育成すると発表したのですが、このとき「これだ」と思いまして。キャリアコンサルタントの資格に加え、産業カウンセラー、交流分析士インストラクターの資格も取り、新入社員研修を行うようになりました。
東広島工場長、取締役、常務取締役などを経て、64歳から前川ヒトづくり財団の理事を務めています。この財団の前身、深川高年齢者職業経験活用センターは前川のべテラン社員の生涯現役を目指そうとする財団で、研修をしたり、前川製作所に人材派遣をしたりしていましたが、公益財団を目指すことから派遣事業をやめ、現在はシンポジウムと助成事業に特化した活動をおこなっています。
20代の若者に「50代になったら何をする?」と質問した意図は何だったんでしょう?
定年制度や年齢は、いわば国や会社が決めたもの。なのに、なぜそれに合わせて会社を辞めなければならないのか、という思いがあったと思います。前川は町工場からスタートしましたが、かつては「細かいものが見えなくなったから辞める」など、退職の時期は自分で決めていたんです。
オーナーはそんな社風を受け継ぎ、人材を大切にしました。実際、定年後も「健康であること」「やりたいことが明確であること」「それを周りが認めていること」の3条件さえ揃えば継続雇用が可能でした。
人生設計は30代から40代で。定年間近では間に合わない
やりたいことが明確であること、というのは意外に難しいですね。少なくとも、会社から言われた仕事をこなしていた人には酷な要求です。
前川製作所時代、就活の役員面接をやっていた頃、みんなが同じ志望動機を語ることが不思議でした。そこで、大学や専門学校のキャリアセンターに勤務している人を集めて「みなさんが金太郎飴のような指導をするから、こうなるんじゃないですか」と聞いたんです。すると「伊東さん、何を言っているんですか」と返されてしまって。「今の子たちは『人と違うことをしたらいじめられる』と認識しているので、余計なことは言いませんよ」と。自分らしさや強みを表に出さない、引き出そうとしない環境で育ったのだと思い、愕然としました。
2018年10月22日の「未来投資会議」で安部総理が、70歳までの継続雇用の検討を指示しましたが、定年が70歳に延びるだけでは、会社にとっては負担です。常に自分の棚卸しをし、30代から40代のうちに自分の強みは何か考えるくせを付け、30年後の人生設計をしてほしいですね。
定年直前や定年後ではなく、30代から準備が必要なんですね。
そうです。交流分析士インストラクターとして休日に2級講座をやることもありますが、50代後半の方や定年された方が受講される場合があります。「なぜ学ぼうと思ったんですか」と聞くと「定年後に役立つのではないかと思って」とおっしゃる。しかし、仕事には最低限の人脈が必要ですから、資格をとってもすぐに仕事には結びつかない。30代、40代から準備しておく必要があると思います。
また、マジメに働いていたらいいかといえば、そうでもない。以前、「私は業務で会社に貢献します」という子がいて、実際マジメに働いていたのですが、その仕事がずっとあるかは誰も保証できなんです。アウトソーシングされるかもしれないし、会社そのものがなくなるかもしれない。やはり、早めに自分なりの強みを見つけ、人生設計に生かすのがいいと思うんです。
60歳以降は1年更新のつもりで
自分を生かす場を会社に限定せず、より広く捉えた方がいいですね。
私は料理が大好きなのですが、かつて子会社の社長をしていたときに「将来、スパゲティ屋をやりたい」と言ったら、社員から「なぜ社長としてのキャリアを生かさないのか」と言われました。でも、そういう問題じゃない。自分が生かされる場であれば、どこでもいいんです。
60歳までの働き方と60歳以降の働き方は、まるっきり違うと思っています。あえていうなら、60歳以降は1年更新。自分のリタイヤメントについてはいつも考えています。例えばいまも「そろそろ引退で」と言われたら、障害者の就労支援に力を注ぎたいと思っています。自分のセールスポイントと仕事がうまくマッチングできたらいいですね。
最後に、これからの働き方はどう変わっていくと思いますか。
変わらないといけないのに変われない、という人が多いのではないでしょうか。よく「定年になったら地域で活動すればいい」と言うけど、それはなかなか難しい。マンションの自治会で「私は部長をやっていました」なんて自己紹介したり、「駐輪場の整理なんて俺の仕事じゃない」と言ってみたり。特に管理職を経験すると強くなったように感じるけど、鎧を脱ぎ捨てたら何も残らない人もいるんです。働き続けるには、自分のコアをもっていないダメ。「生涯現役」とは、自分のやりたいことが楽しくできて、周りからも認められることだと思っています。
伊東さんにとって「働く」とは?
昨今、ゲームセンターの利用者に高齢者が増えているそうです。同じく高齢者には閉じこもりの問題もあります。要するに居場所がないんですね。「自分が生かされる場所をつくる。」そのためには自分の本質を見極めることが大切だと思っています。
- 伊東 一郎(いとう いちろう)
- 一般財団法人前川ヒトづくり財団 理事長
1976年株式会社前川製作所入社。東広島工場長、取締役、常務取締役、顧問を経て、2015年に一般財団法人前川ヒトづくり財団21(現・前川ヒトづくり財団)理事長就任。(社)ロボットビジネス推進協議会幹事、(社)日本冷凍空調工業会政策審議委員を歴任。現在、(社)中高年齢者雇用福祉協会理事、キャリアコンサルタント、企業在籍型職場適応援助者、東京都教育委員会就労支援アドバイザー、交流分析士インストラクター、中央労働災害防止協会心理相談員を務める。