三井不動産でオフィスビル事業をリサーチする藤永健二さん。現在、イトーキと共同で先端テクノロジーを活用した「未来の会議室」を開発しています。最新テクノロジーの導入によって、オフィス環境や「働くこと」はどのように変わるのでしょうか。
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自由な発想や意思決定をアシストする会議室
藤永さんは「未来のオフィス」をリサーチしていると伺いました。
私が在籍している「事業環境調査グループ」は、オフィスビル事業を取り巻く環境をリサーチする、シンクタンク的な役割を担っています。その中の重要課題のひとつが、三井不動産の新社屋移転計画に伴い、先端テクノロジーを活用した新しいワークプレイスをつくるプロジェクトです。オフィス部門のフロアをどのような形にするか、会議室にどのようなテクノロジーを活用するか、などを考えています。
会議室にも最新テクノロジーを使うのですか。
ええ。現在は2つのコンセプトで開発が進んでいます。一つがスピーディな会議進行や意思決定の促進、もう一つが創造性の活性化です。これらの目的達成のために、デジタルテクノロジーがどのように支援できるか、IoTや音声認識等複数のソフトウェア開発とハードウェア導入を進めています。アジャイル開発方式(短期間の開発を繰り返すこと)で立ち上げますが、導入後も技術の進化、ユーザー評価を踏まえながら柔軟に変化させていきたいと思っています。
テクノロジーが健康をサポートし、生産性を上げる
テクノロジーの活用について、海外ではどのような動きがありますか。
まず住宅については、北米市場が先導して世界的にスマートホームのマーケットができつつあります。音声による家電やセキュリティ等の操作に始まり、人の動きや室内環境情報の活用など機能は高度化しています。このような流れが、ホテルや自動車の運転席、そしてワークプレイスに広がってゆくと考えられています。
また今年、CES(全米民生技術協会が主催し、米国ラスベガスで開催される電子機器の見本市)に初めて行ったのですが、そこではヘルスケア領域のテクノロジーや製品が多く紹介されていました。たとえばより良い睡眠をサポートするスリープテック、脳の血流や脳波を可視化するウェアラブル端末など、です。個人のパフォーマンスを数値によって客観的に把握し、適したトレーニングやリラクゼーションを提案するテクノロジーは、職場でも活かせるかもしれません。
ヘルスケアのテクノロジーがオフィスに導入されるということですか。
例えば、充分かつ良質な睡眠が確保できないと仕事に悪影響が出ることは、みなさんお分かりかと思います。測定したデータは個人情報なので会社は管理しづらいですが、情報は個人が管理しつつ、パフォーマンスへの悪影響を予防する改善提案サービスを企業が導入する、などのケースは考えられます。
私自身、睡眠をトラッキングするスマートウォッチのアプリや、血糖値をはかるウェアラブル端末などを活用しています。知的生産性の一番根底にあるのは、体と心の健康だからです。
今は、心と体の健康のために働く時間を短縮する方向に向かっています。この動きは今後も加速すると思いますか。
短時間労働もさることながら、今後は休憩の取り方に注目が集まるのではないでしょうか。例えば体調がいい日、課題がある日はとことん働き、オンオフのメリハリを付ける。大切なのは、働く人それぞれの自律性や状況に応じて、場所、時間などの制約を自らコントロールできる、ダイバーシティが伴っていることだ思います。そのためには企業・組織の制度や文化の変革もセットで必要ですね。
「帰宅したくなくなるオフィス」をつくりたい
「未来の働き方」をどう考えていますか。
AIの分野では、音声やチャットツールを使った業務処理が進むでしょう。AIに指示を出せばアポイントを取ってくれる、といったイメージです。また「教育研修のパーソナライズ」にも注目しています。今、研修は全員に同じ内容で行われますが、個々の能力を分析し、それに応じた研修を行う方が効果的です。知的生産性を上げたり、若手の習熟スピードを上げたり、加齢による認知機能低下の抑止などの効果が期待できます。
また仕事において移動は欠かせないので、MaaS(Mobility as a Service、移動の効率化を促すサービス)にも注目しています。たとえば、スケジュールや課題によって交通が自動手配される。街には多くのワークプレイスが生まれていますから、「この日はこの場所で作業したら、質も高まり、移動時間も短縮される」などの提案ができれば面白いですね。またリアルタイム翻訳技術が成熟すると見られる2020年代後半には言語の壁がなくなり、グローバル対応のため24時間眠ることのないオフィスなども生まれるのではないでしょうか。
いろんな変化がありそうですね。
もっと考えられますよ。たとえば、VRや遠隔コミュニケーションを使えば、在宅勤務であっても、ワーケーション(旅行先で仕事をすること)中であっても、オフィスにいるかのようなコミュニケーションができるでしょう。今はSkypeやMicrosoft Teamsなどのツールを使うのが主流ですが、今後はVRのウェアラブルも軽量化し、画質や音質も上がってくるでしょう。
もちろん、人に会いたいという欲求や新しいものごととの出会いを望む気持ちは永遠になくならないでしょうから、リアルスペースは必要です。個人的には「帰宅したくなくなるオフィス」をつくってみたいですね。家よりも快適だと思えるオフィスがあってもいいのではないでしょうか。
夢や情熱を向けるものがあればあるほど、ライフとワークの境目はなくなるように思います。藤永さんが考える居心地のいいオフィスとはなんですか。
まず必要なのは、温度や湿度、光、照明環境が適切であること、身体が接している時間が最も長いオフィスチェアやデスク等の品質が良いこと。音楽や自然音の活用で聴覚を、植物やアートの導入で視覚をさらに快適にできます。バルコニーやテラスでそよ風を感じることは、皮膚感覚の心地よさと言えるかもしれません。瞑想や仮眠のためのリラックスゾーンや創発の場としてのカフェスペースは、生活と仕事の融合というビジネスパーソンの期待に応えられる施策です。これらスペースの観点だけでも、語り尽くせません。夢は尽きないですね。
藤永さんにとって「働く」とは?
顧客、市場、社会に良い結果をもたらそうと考えて行動し、結果につなげること。だから「因」。これは過去から未来まで時間を越えて変わらないことだと思います。
- 藤永 健二(ふじなが けんじ)
- 三井不動産株式会社 ビルディング本部 業務推進室 事業環境調査グループ 統括
1989年、三井不動産株式会社に入社。集合住宅開発、新規事業開発、リサーチ等の業務に関わる。2015年より現職。オフィスマーケット・マクロ経済分析、先進テクノロジー評価・導入、ワークプレイスにおけるウェルネス促進等の課題に取り組む。