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秘密計算によるデータ連携で開発コストが下がれば、ビジネスも暮らしも変わる。イーグリス・今林広樹氏が語る未来像

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創業者で代表取締役社長/CEO(Chief Executive Officer)を務める今林広樹氏は、どのような思いで秘密計算に着目したのか。そして、この技術よって社会はどう変わるのか。

――前編の冒頭では秘密計算の技術についてお伺いしました。では、秘密計算によって各企業が持つデータを連携すると、どのようなことが可能になりますか。

業界全体でデータ連携をすることで、情報資産配分の最適化や透明化が実現されて、ビジネス自体を変革していくことができます。
例えば日本の化学製品のものづくりの現場において、それぞれの会社ではAIやデータの活用が急速に進み、仕入れたい素材についても明確な目標値のデータがあるのですが、サプライチェーン間のやり取りでは、「もっと硬い素材はないか」や「素材Aと素材Bの中間くらいがほしい」といった曖昧な伝え方をしています。それを基にいくつもサンプルを作って要望に近づけていきますが、なぜこういうやり方をするのかというと、メーカーやサプライヤーにとって、各社の素材開発のデータは言わば〝門外不出の秘伝のタレ″で、他社には一切公開できないからです。
それに対して欧米は巨大企業の買収によって、中国は国家の主導によってデータ連携が進んでおり、業界全体で見るとなかなか効率化が進んでいない日本は、国際競争力の観点から言うと非常に危うい状況です。ただ、日本の高品質なものづくりを今まで支えてきたのは、前述のような細かなすり合わせの積み重ねですから、この独自の良さを残しつつ、秘密計算によるデータの企業間連携を実現することで、仮想的な企業同盟のような形で海外と競っていけると思っています。
DXとは、本来はこうしたデータの流通インフラを整備し、最大限に活用できる社会を実現するためのものではないでしょうか。例えば樹脂などの素材メーカーである大塚化学さんはすでに、当社のプラットフォームを用いて企業間データ連携による素材開発に取り組まれています。

――すごい技術だと思うのですが、日本の産業界ではなかなか進んでいるようには見えません。なぜでしょうか。

秘密計算はグローバルでは必須の技術と認められていますが、確かに日本では浸透のスピードが遅いですね。それは「データ連携することで産業界が大きく変わる」と提唱するだけでなく、実際に既存の事業や新事業に取り込もうとする方々がまだ限定的であることや今、目の前の業務で課題となっていない、気づいていないことが大きいかと思います。特に後者においては、私たちも積極的に成功事例を作って広めていきたいと考えています。
そういった中、医療や通信、金融業界では、秘密計算によってデータ連携が可能になるという理解が少しずつ進んでいます。お客様との会話で「遺伝子データを個人の検査結果に留めるのではなく、遺伝子版銀行のようなパーソナルデータバンクに預けることができれば、そのデータを製薬会社が分析のために使い、その代わりデータを提供した人は利益を得られるようなこともあるかもしれません」というようなことを言っても、5年前だと一蹴されましたが、今なら「実現できるかもしれない」と関心を示してもらえることが増えてきました。

 オフィス空間もトラッキングしてAI解析すれば、変革を起こせる

――秘密計算が社会のインフラとなることによって、産業界だけでなく私たちの日常生活はどのように変わりますか。

例えば、自分の抱えている症状が何の病気によるものか、病院に行ってもなかなか診断がつかないことは、ままありますよね。そこでプライバシーやセキュリティは守りつつ、医療機関同士をデータ連携させて開放すれば、患者さんは「この病院に、この症状に詳しいお医者さんがいる」「こういう症例を過去に治療している病院がある」というデータにアクセスできて、早期に適切な治療を受けることができます。また医療機関や製薬会社もそのデータにアクセスして、患者数の規模を把握することで、希少疾患や難病を抱えていらっしゃる患者さんに対しても研究投資できる可能性が高まる。そうなれば私たちはもっと安心して暮らせる世界になるでしょう。

――私たちが働くオフィス空間も変わりますか。

オフィスは椅子やデスクが固定されているというイメージが強いですが、これからは流動的な空間であることが求められるのではないでしょうか。例えばオフィス家具のサブスクリプションサービスがあれば、「今月はオープンイノベーションをテーマに、お客さんをたくさん招こう」と考えたときに、気軽にレイアウトを変えて空間に流動性を持たせることができます。そして従来よりも導入コストが下がったカメラをオフィス内に設置し、働く人や来訪者の滞在時間や興味をひいた場所、そこでの動きなどのデータを取ります。Webページのトラッキングと同じですね。そのデータをAIで解析することでよりよいオフィス空間づくりに役立てることができます。

――空間もWebページのように分析できるとは面白いですね。今後の技術展開について教えてください。

2023年に化学業界の素材開発において、従来は困難だった企業間データ連携マテリアルズ・インフォマティクス(情報科学を用いて開発効率を高めること)を実現する次世代型マテリアルズ・インフォマティクスソリューション「EAGLYS ALCHEMISTA(イーグリス・アルケミスタ)」をリリースし、業界の研究開発部門におけるデータ流通のインフラを作りました。これを化学業界だけでなく金融、医療、製造、物流などの事業領域やサプライチェーンにも繋げられるようにしていきたいと考えています。
目指しているのは、あらゆる産業のデータを各社が主権を持った状態で、データの社会還流を進めることです。そして新しい価値を生み出しやすい環境を整えて、産業の底上げをしていきたいと思っています。

    

― イトーキ 磯部コメント ―

秘密計算によるデータ連携で、開発の効率化を行い産業界に変革をもたらすことで、人々の暮らしをよりよくしていくことをイーグリスさんは目指されているのだと感じました。
また、このような社会の実現を目指されていることに、いち企業のDX推進本部に所属するものとして共感しました。
イトーキでは、「Smart Office Concept」というコンセプトにおいて、ワーカーの働き方について「場所」と「活動目的」の2軸でとらえ、包括的な働く環境をご提案しております。今回の重要なトピックであるデータの活用について、Smart Office Conceptにおいても中心に考えており、今後もデータ活用を取り込んだよりよい働き方のご提案をしていきたいと考えております。

EAGLYS株式会社 

AI・秘密計算によるインダストリーデータの活用を促進する、Private AI プラットフォームを提供する。業界各社の秘匿データ収集、AI・データ活用を支える基盤の提供、そしてそれを実現する要素技術の応用研究を強みとする。「世の中に眠るデータをつなぐハブとなり、集合知で社会をアップデートする」というビジョンのもと、さまざまなお客様のAIならびにデータのコラボレーション促進を支援している。

今林広樹 

早稲田大学大学院で、基幹理工学・計算機科学・機械学習を学び、米国でデータサイエンティストとして活動したことを機にデータセキュリティのニーズの高まりを予見し、帰国後、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)研究助手を務めながらプライバシー保護ビッグデータ解析の研究に没頭。大学院在学中にEAGLYSを創業する。

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