
東京・武蔵野市の聖徳学園中学・高等学校が、2024年、日本の高校として初めてデータサイエンスに特化したコースを開設した。学習指導要領によらない独自のカリキュラムを編成できる「教育課程特例校」の認定を受けている同校は、教科横断型の学びを通じて、データで論理的に考える力を育てている。開設から2年が経過し、生徒たちは独自のアプリケーションを開発するなど、具体的な成果も生まれ始めている。データサイエンス部長のドゥラゴ英理花先生に、実践的な教育プログラムの内容と目指す教育の姿について聞いた。
データに基づいた論理的な探究を目指して
――聖徳学園高校は、2024年に日本の高校で初めてデータサイエンスに特化したコースを開設されました。その背景とコースの特徴を教えてください。
ドゥラゴ英理花氏(以下、ドゥラゴ) これからの時代は「第四の科学」と言われるデータサイエンスがあらゆる分野の学びでますます重要になってきます。この力を高校段階から育てることが、生徒たちの将来にとって大きな武器になる。そう考えたことがデータサイエンスコースを設立した理由です。
データサイエンスを学べる高校は他にもありますが、本校は学習指導要領によらない独自のカリキュラムを編成できる「教育課程特例校」の認定を受けて、データサイエンスを教育の土台に据えた形で実施しています。この点が大きな特徴です。
本校では以前から探究学習に力を入れてきましたが、課題もありました。たとえば、生徒が社会課題について調べて発表する場合、インターネットで情報を集めて、それをまとめて発表するだけで終わってしまうケースが少なくありませんでした。もちろん良い探究もあるのですが、データの裏付けやそこから一歩踏み込んだ考察がないまま、思い込みによって進んでしまったり、結論を出してしまったりすることがあったのです。
――その「思い込みによる探究」について、具体的な事例があれば教えていただけますか。
ドゥラゴ データサイエンスコース設立以前の話ですが、SDGsに関連する探究で、生徒たちが使わなくなった靴を集めてケニアに送るというプロジェクトを実施したことがありました。みんなで靴を集めてきて、それをゴシゴシ洗って乾かしてケニアに送ったのですが、結果的に送料が7万円かかりました。事前に調べていたら、もっと違った支援の仕方が考えられたかもしれませんし、そもそもケニアは本当に貧しいのか、という点についてもデータが不足していたと思います。ケニアでも、首都のナイロビなどは高層ビルが立ち並ぶ大都会ですから、必ずしも国全体が貧しいとは言えません。実際のインフラ状況はどうなのか。本当に支援が必要なのか、といったデータをまず見ることが大切なのですが、ケニアはきっと貧しいに違いないという思い込みやバイアスで判断してしまったことを経験から学ぶ形になりました。
データに基づいて論理的に探究を進めていくには、データサイエンスを中核に据えたカリキュラムが必要です。本校では、科学技術と芸術を融合するSTEAM教育に力を入れてきました。また、Apple Distinguished School(Apple社が認定する革新的な学習環境を実現している学校)として、すべての生徒がiPadを持ち、データサイエンスコースの生徒はMacBookも使用しています。Apple TVで常に画面を共有できる環境が整っており、協働学習がしやすい土台があります。こうした環境があったからこそ、データで論理的な学びを進めていこうという方針を打ち出すことができました。
――高校段階からデータサイエンスを学ぶことには、どのような意義があるのでしょうか。
ドゥラゴ データサイエンスと聞くと、パソコンに向かい合ってデータ分析やプログラミングに明け暮れる姿をイメージする方も多いかもしれません。しかし本校で扱うデータサイエンスは、より一般教養に近い、学びの基礎素養としてのデータサイエンスです。今後は何を学ぶにしてもこの力が重要になりますから、高校の段階で身につけておく意義は大きいと考えています。
データを扱う力があれば、自分がやりたいことに、プラスアルファで何ができるかを考えることができます。それは国際協力かもしれないし、アプリの開発かもしれません。また、データサイエンスの素養を持っていると、問題の扱い方や向き合い方そのものが全く違ってきます。そうした力を育てていきたいのです。
知識とスキルを一体的に学ぶカリキュラム設計
――このような教育観は、どのような経験から生まれたのでしょうか。先生ご自身のご経歴についてお聞かせください。
ドゥラゴ 教員として私は二つの側面を持っています。一つは情報科の教員としてデータサイエンスを教えていること。もう一つは、探究を特徴とした教育プログラムである国際バカロレアの教員であることです。この二つが私のプロフィールの基本となっています。
もともとの専門は統計学で、情報科の教員として、国際バカロレアの認定校で探究的な学びに携わってきました。その後、データサイエンスの学びが日本でも始まるようになり、データサイエンスと探究型学習には通じるものがあると気づきました。どちらも探究をベースにして機能的な学びをするという点で、合致する部分があったのです。
国際バカロレアの学習理論は素晴らしいものですが、クラシカルな面もあります。そこにデータサイエンスの要素を入れることで、現代に求められる探究型教育が実施できると考えました。そして、4年前に聖徳学園に着任し、2年前からこのデータサイエンスコースを開設して実践しています。
――その二つの専門性を融合させたカリキュラムとは、具体的にどのようなものですか。
ドゥラゴ 本校のカリキュラムは教科横断型です。時間割を見ると、通常の高校にある「数学Ⅰ」や「情報Ⅰ」という科目名が見当たりません。実はこれらを「データサイエンス探究」という科目の中に統合しているのです。さらに学校設定科目として統計学も加えた三つを一体的に学びます。
この統合の狙いは、知識とスキルを切り離さずに学ぶことです。OECD(経済協力開発機構)が行う世界的な学力調査(PISA)の結果を見ると、日本の生徒は定型的な問題を解くのは得意ですが、自分で考えて答えを出す力が弱いという課題があります。そこで、数学の概念的な理解と、情報のスキル、そしてデータを扱うための統計を組み合わせることで、実際に使える力を育てようとしています。
――授業の進め方についても教えてください。
ドゥラゴ すべての授業は、PPDACサイクルという統計的な問題解決の流れに沿って進めます。Problem(問題)、Plan(計画)、Data(データ収集)、Analysis(分析)、Conclusion(結論)の5つのステップです。
この中で最も大切なのが、最初の問題設定です。ここがブレると、生徒の関心が続かず、最終的な目標である新しい価値を生み出すことにつながりません。
問題設定では、国際バカロレアの理論を活用しています。生徒の直感を大切にしながら、それを論理的に組み立てていく。その後、データを集めて分析し、必要に応じてAIやプログラミングで実装するところまで進めます。最後は必ず何らかの形でアウトプットする。これが本校の探究学習の流れです。
実践を通じてデータリテラシーを育てる
――先ほどケニアの靴の事例で、データの重要性を学んだというお話がありましたが、現在はどのような指導をされていますか。
ドゥラゴ 自分たちの手で必ずデータを集めることを徹底しています。先日、課題に沿ってアプリケーションを作る授業がありました。そこである生徒は「先生の居場所がわからなくて探すのが大変だ」という課題を設定して、先生の居場所が分かるアプリを開発したのです。
開発にあたっては、先生を探す際にどのくらい時間がかかるかを測定し、アプリを使うことでその時間がどれくらい短縮されるのかをデータで示しました。また、本校の職員室は3つあり、それぞれ階数が違うため、よく用いられる位置情報アプリでは高さが分からず正確な位置が特定できません。そこで標高を取得する機能を実装して課題を解決しました。
ほかにも、プライバシーへの配慮として、教員側で位置情報のオン・オフを切り替えられる機能や、緊急時には連絡先の電話番号が表示される機能も組み込みました。これを、プログラミング初心者だった1年生が、チームで約半年かけて作り上げました。
こうした実践的な取り組みと並行して、データを正しく扱うための基礎的な指導も重視しています。データを扱う際には、自分の思い込みに合わせて都合のいいデータを選んでしまわないよう注意が必要です。相関関係と因果関係の違いを理解し、バイアスを取り除くことは非常に大切ですから、こうした点もしっかりと指導しています。
――生徒たちの成果は、どのように発表しているのでしょうか。
ドゥラゴ 必ずアウトプットの場を設けています。校内で実装するだけでなく、コンテストや学会で発表し、外部評価を受ける機会を作っています。
本校のカリキュラムは探究中心ですので、共通テストなどで高得点を取ることを主眼にしていません。受験については、総合型選抜、学校長推薦、あるいは海外進学といった進路に特化したコースと言えます。生徒たちも、自分たちで何かを作り出したり、探究したりすることが今後の進路や、大学以降の本格的な学びにつながると理解しています。
「自分らしさ」を大切にした個別最適化の学び
――探究学習に主体的に取り組む聖徳学園の生徒さんたちには、どのような特徴がありますか。
ドゥラゴ 私どもの校長もよく言うのですが、「出る杭は打たれるけれど、出すぎた杭は打たれない」という言葉があります。本校では、「自分」という個性を持っている生徒が多いと感じます。東京の郊外でのどかで美しい環境にあることも影響しているかもしれませんが、伸びやかで素直な子が多い印象ですね。
また、データサイエンスコースについては、9科目を英語で学ぶイングリッシュイマージョンを実施しており、海外大学への進学に必要なIELTS(国際的な英語能力試験)の資格対策なども行っています。そのため、海外にルーツがある生徒も多く在籍しています。
定員は25名ですが、開設1年目は6名で全員が女子、2年目に入学した現1年生は5名で、多くが男子生徒、という構成です。データサイエンスと探究学習に強い関心と適性を持つ生徒を選抜し、コースのカラーを大切にするために、こだわりを持ったセレクションを実施しています。今年の入試からは内部進学の生徒が入るため、来年からは人数が増えていく予定です。
生徒たちは非常に積極的で、発表の機会があるとみんなが手を挙げます。時には発表者の調整が必要なほどです。高校生ですから、意見が衝突することもありますが、それも学びの一つです。
――「個別最適化」という観点では、どのような工夫をされていますか。
ドゥラゴ 探究は自分の関心や好奇心がないところでは成立しません。ですから、自分らしさを出すことが大切で、その自分らしさが課題設定に現れます。それを大切にしながら、同時に教科としての目標も達成しなければなりません。
私を含めた教師側は、生徒の関心に沿って好奇心を引き出す形で調整しながら、教科の課題も達成できるようにしています。学習の形態も、単元によって個人で探究する場合とグループで探究する場合を使い分けています。
私は、探究こそが研究につながると考えています。好きなこと、興味関心を伸ばしていくことが、最後に大学での研究につながれば、全く違ってくるはずです。
その点で、大学や企業との連携も大切だと考えています。東海大学の先生に講義に来ていただくなど、大学の学びにつながるような取り組みを行っており、今後は、VRやARのコンテンツを制作している企業との連携も考えています。
開設から2年が経ち、教師陣で試行錯誤しながら取り組んできましたが、今は「聖徳ならではのデータサイエンス教育」をどう作り上げていくかを考える時期に来ていると感じています。これまでやってきたものに、聖徳らしさ、生徒の個性、地域の文脈といったものを加味しながら、より洗練させていきたいと思っています。
データに基づきながら、生徒一人ひとりの「自分らしさ」を育む。この挑戦は、これからが本番だと考えています。

<プロフィール>
ドゥラゴ英理花(どぅらご・えりか)
聖徳学園中学・高等学校 校長補佐/データサイエンス部長
武蔵野大学附属千代田高等学院で情報科教員・国際バカロレア教員として探究型教育に携わった後、2021年に聖徳学園に着任。2024年、聖徳学園高等学校で、日本の高校で初めてデータサイエンスに特化したコースを開設。国際バカロレアの探究型学習理論とデータサイエンス教育を融合させた独自のカリキュラムによって、生徒の「自分らしさ」を大切にしながらデータリテラシーを育成している。現在、東京大学大学院教育学研究科博士課程に在籍し、講演や学会発表も行なうなど、研究者としてもデータサイエンスの探究を続けている。
イトーキコメント:小笠原
お話を伺い、データを活用し、探求の学びを深化させる挑戦のお姿に強く共感しました。私たちもAIアバターやグループワークのデータ分析など、データで学びを支える仕組みづくりを進めています。お話を聞きながら、こうした取り組みが広がり、社会に新しい価値を生み出す教育の流れが広がっていくことを確信いたしました。

