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STEAM教育の本質と「学びの場」から育む創造性とは?

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21世紀型の教育コンセプトとして世界で注目されるSTEAM教育は、国内でも経済産業省「未来の教室」をはじめ、デジタル技術を取り入れながらその実践を支援する様々な取り組みやソリューション提供が加速し急速に広まっている。
イトーキが提案する「ITOKI Smart Campus Solution(イトーキ・スマート・キャンパス・ソリューション)」は、空間やデジタル環境から新しい学びを実現しようとする構想である。これからの学び方が創造活動にシフトするなか、空間は学ぶ人の創造性をどのように向上させることができるだろうか。数学者、ジャズピアニストと多彩な顔を持ち、自らも表現者として活躍しながらSTEAM教育家として活動する中島さち子氏に話を訊いた。

  • インタビューは2022年3月、オンライン形式で実施されました。

STEAM教育の背景と日本の現状

中島:STEAM教育とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学・ものづくり(Engineering)、アート・リベラルアーツ(Art/Arts)、数学(Mathematics)の英単語の頭文字を組み合わせた造語です。科学者や数学者のように考え、芸術家やエンジニアのように創り出す学び方・生き方を象徴します。このSTEAM教育をワークショップやセミナーなどを通じたソリューションとして提供するために、steAm社を2017年に立ち上げました。Aが大文字になっているのは、STEAM教育の中心にある、問いを生み出す力としてのアート、リベラルアーツの重要性を示すためです。私自身、数学も音楽も好きでやってきましたが、数学は正解を導くよりも問いを立てるときのほうが楽しいですし、音楽には創り、表現する喜びがあります。

中島さち子氏(株式会社steAm代表取締役(CEO)/Playful STEAM Director)
写真=本人提供

福島:STEAM教育は、日本でも近年よく聞かれるようになってきたワードですが、プログラミングやサイエンス教育がまず先にあるような印象でした。中島さんはアートを中心に捉えていらっしゃるのですね。

中島:日本の教育には良いところがたくさんあります。でも、時代が変化し、ものごとの本質を見つめる必要性が高まるなかで、これまで主流だった「正解がある」教えられ方では息苦しくなっていると思います。機械的に大量生産するような人の育て方から大きくシフトして、感じる、より深く考える、対話をするといった過程にある一人ひとりの心の喜びを重視する学びへと変わる必要があると思います。私は、誰にでも爆発的な創造性があると思います。それを、きちんと引き出せるような社会や文化をつくるということです。

とはいえ、現実的にはどうすればよいのかと戸惑う先生も多いですし、新しいデジタルメディアが多く登場するなかで、それを知っている、使いこなせる人と、そうでない人とで格差が広がっていくという問題もあります。こうした状況に変化を起こすアクションが必要だとして、2018年からスタートした経済産業省の「未来の教室」の委員会などで提言を重ねてきました。その成果として公表された「学びのSTEAM化」のビジョンは、「『知る』と『創る』が循環する学び」という言葉に体現されています。

福島 浩介(株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部 デジタル技術研究所)

創造プロセスから学びを支援する場のソリューション

福島:私たちイトーキが提案する「ITOKI Smart Campus Solution」も、「創造」がキーワードです。アクティブラーニングをはじめ、これからの学びは創造活動にシフトするという考えに立ち、一人ひとりの創造プロセスを空間やデジタル環境の機能から支援していく統合的なソリューションを構想しました。

テーマの探索に始まり、企画、開発、実装、発表というように、プロジェクトを6つのプロセスに整理し、それぞれに求められる空間の機能やデジタル環境のアイデアを構想しました。さらに、ケンチクイラストレーターのイスナデザインをパートナーに迎え、全体構想をイラストで表現しました。

中島:すごく可愛い(笑)。そしてめちゃめちゃ面白いです。レクチャーでいろいろ知恵を得られるところもあれば、メディアライブラリーのように、知に出会う、知恵を受け取るような場所がある。コラボルームやラボは形にしていく場所ですよね。さらにそれを共有したり発表したりして、世界とつながることができますね。
このイラストは、階層で示されていますが、位置関係にも意図があるのでしょうか。

福島:はい、基本的に大学は開かれた場所であると考えているので、低層階ほどオープンな交流スペースになっていて、上層階にいくほど、学びのステップも深まり、クローズドになっていくという構図になっています。それぞれの位置によって誰が、創造プロセスのどこにいるのかがわかるので、「次、あの学びのステップに行こうか」、「今度はあっちに戻ってみようかな」などと考えることもできます。また、緑色の透過で描かれている部分は、デジタルな要素を表現しています。

中島:面白い。今の時代は、やはりものづくりも学びの要素として関わってくると思いますが、そうしたツール類も含まれているのでしょうか。例えば、3Dプリンターとかレーザーカッターとか、ハンダごてができる、といったスペースは考えていますか。

福島:はい、インタラクティブラボを示したイラストを見てみてください。この学生は障がいのある人に向けたテクノロジー開発に興味があるというストーリーを想定しているのですが、自分が考えてきた義足をラボにある3Dプリンターで出力しています。そして、製作した義足を、1Fのオープンフロアでお披露目して実際に試してもらい、フィードバックをもらうという流れを表現しています。

問いへの出会い方と学際交流によるインタラクション

福島:中島さんは、STEAM教育の中で特に「問いを生み出す力」の重要性を説いていらっしゃいますが、創造プロセスの基点も「問い」だと思います。「問い」とはどのようなシーンやタイミングで生まれ出てくるものだとお考えでしょうか。

中島:一概には言えませんが、やはり哲学の道を用意することだろうと思います。もちろん自分の中だけから生まれてくるとも限らないので、いろんな出会いからの知恵のインプットが大事だと思います。ただ、問いは常に更新し続けられるものですし、研究者でも、哲学者でも、芸術家でも「本当にこれだ」という善き問いに出会うことはめったにない。でも、それで何もしないのではなく、アイデアを出したら、試しに形にしてみて、より磨き上げていきながら、「いや、違う」というのを繰り返していくのだと思います。

あとは自分自身と向き合うような、深く考えるための空間があるのはいいですね。例えば、外部からの音が遮断されていて、自分だけの音に囲まれるとか、隠れ部屋みたいな場所は面白い、あるいは、少しだけオープンなほうが心地良いという人もいるかもしれません。そうした好みの違いから空間が選べると楽しいですね。

福島:先ほどのイラストの中にも、ひとりで熟考したり、リラックスしたりするための個人ブースのような空間や、1on1でじっくり対話できるような空間を提案しています。

中島:対話という観点では、東京大学に属するカブリ数物連携宇宙研究機構(以降、カブリ)という研究所が面白い事例になると思います。数学者と物理学者が共同研究を行うために設置された機関ですが、正直なところ、当初はなかなかうまくいかなかったそうです。専門の違いによって、使う言葉や文化、価値観が違うため、同じ学問領域の中では当たり前のことが通用しないことが理由でしょう。

しかし、例えば数学の研究者が生物学や物理学の話を聞きにいったりすると、自分の分野だけでは解けなかったものが、他の分野との異分野融合の観点から、ぱっと閃いて新しい道が見えたりということが、21世紀に入ってから続いています。これをなんとか目指したいと。

そこで、カブリではいくつかの工夫をしたそうです。まず、毎日午後3時から、30分ほどのカフェタイムを設けました。研究室にこもりがちの研究者たちも、おいしいコーヒーとちょっとしたお菓子があると、みんな表に出てきます。さらに、ホワイトボードがあれば、自然と話し始めるわけです。そうやって、コーヒーを飲みながらわいわい話しているのを横目に、「僕がやっている研究のあそことちょっと似ているね」とか、「ここをこうすればいいんじゃない」といった会話が生まれ、「じゃあ、ちょっと共同研究してみようか」という流れが出てきたそうです。

また、カブリではアーティスト・イン・レジデンスの制度があります。研究者たちと同じ空間にアーティストがいて、同じくカフェタイムにはアーティストも集うので、研究者にとって得難い出会いがあります。数学をアートにしたりとか、科学的なものをアーティスティックに表現したりといった、点ではなく線、面で人と関わり合える環境です。いま、カブリは世界最先端のさまざまな研究を生み出しています。それは、「場のつくり方」の知恵によるものだと思います。

学びの場を自分で「創る」という学び

福島:カブリの事例は、場づくりによって生まれるコミュニケーションがイノベーションの源泉になることを示していますね。

中島:そうですね。あとは、学ぶ人が自分で「場」の改変ができるような、可変性があるといいですよね。椅子や机が動かせるとか、多様な形にできるなど、ちょっとしたレイアウト次第で断然気分が変わったりしますし。「場」そのもので遊んじゃうような。例えば、光について実験をしたいと思ったら、その部屋そのものを実験室や実験の機具にできるような、それぐらいの余白感があるといいなと思います。

昔の日本家屋って結構すごく可変性があって、いろいろ揺らぎがあって大好きなのですが、現代の建物はミュージアムとか学校とか用途が決まっていて、きっちり作り込まれているところが多いですよね。例えば、ニューヨークではミュージアムも開かれた場になっていて、一般市民でも面白い空間の使い方を提案して、「じゃあ、その空間の一角を使ってやってみたら」ということもよくあります。日本の大学にも、遊んでもよくて、公園に近いような感覚にしてくれるような場があるといいなと思っています。予約が殺到しそうですけれど……(笑)。

福島:自分たちがやりたいことを実現するための学びの環境を、自分たちでつくっていくようなことが許される場が提供されたらいいですよね。その経験から、やがて自分たちが生きていく、その社会に置き換えて考えたときにも、同じように自分たちがやりたいことができるように自分で社会をデザインしていこう、といった思考につながるのではないか、そんな議論をしています。

大橋 一広(株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部 デジタル技術研究所)

中島:これからは、オープンな学びの場や、場そのものが持つ創造性がますます大事になってきます。イトーキさんの学びの場の構想が面白いのは、統合的な提案になっている点にあると思います。ぜひ、どこかの大学で思い切って総合的にトライしてくれるといいですし、あとは実証あるのみですね。

大橋:はい。
現在、この構想を具現化し、Z世代が活躍する新しい創造の場と、プログラムの実証を現場で一緒に始めています。自律分散のスタイルに進みながらも、学際的な対話や協創するオープンな学びの場の高まりを実感します。

創造的なプロセスは各々あり、最適なフローの正解は、ひとつではありませんが、「学修者自らが、問いを立て、『選択』し、『創造』する。」環境を探求していきます。 これからの社会が向かうべき方向性を捉えながら、次世代の創造性あふれる学びの場をデザインし社会実装していきたいと思います。本日はありがとうございました。


株式会社steAm ウェブサイト
https://steam21.com/

  「『未来の教室』ビジョン」経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会第2次提言、2019年6月
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mirai_kyoshitsu/pdf/20190625_report.pdf

中島 さち子(なかじま さちこ)
株式会社steAm 代表取締役(CEO)/Playful STEAM Director

1979年生まれ。東京大学理学部数学科卒業。1996年、高校2年の時に国際数学オリンピックで日本人女性初の金メダルを獲得。翌年は銀メダル。東京大学時代にジャズに出会い、卒業後プロのピアニストに。2017年、STAEM教育の普及を目指して㈱steAmを設立。内閣府STEM Girls Ambassadors(理工系女子応援大使)、経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」委員。2025年開催予定の大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。音楽CDに「REJOICE」「希望の花」「妙心寺退蔵院から聴こえる音」、オンラインアルバムに「Time,Space,Existence」、著書に『人生を変える「数学」そして「音楽」』『音楽から聴こえる数学』(共に講談社)、絵本『タイショウ星人のふしぎな絵』(文研出版)などがある。

Interview by

大橋 一広
株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部
1993 年イトーキ入社。公共施設・博物館の展示企画・コミュニケーションデザイン、2004年より、新規市場コラボビジネス開発を担当し、次世代の知識創造ワークのコンセプトデザインに従事。2011年よりデジタル・ICTを活用した事業企画、商品開発を推進し、ICT分野の企画推進部長を経て、現職。現在は人工知能等の先端技術と組織創造ワークの次世代環境の研究開発を統括している。先端研究統括部 兼 ソリューション開発統括部 統括部長兼務。

福島 浩介
株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部 デジタル技術研究所
2013年に株式会社イトーキに入社。商品開発本部プロダクトデザイン室に配属され、オフィス市場・医療市場・教育市場で使用する家具の企画やデザインに従事。2019年同本部先端研究統括部へ異動。“これから”の働き方や学び方に関するコンセプトづくりを行い、プロトタイプを制作。コンセプトの啓蒙活動と並行して、実社会での検証を行うためにパートナー企業や高等教育機関と共同研究に取り組んでいる。自身の最近の研究・開発テーマは、「学びの場における活動データ収集と利活用の方法」。

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