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デンマークの学び方から考える、「学生を幸せにする」教育DXの姿とは?

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デンマークでは、1960-70年代ごろから進められた教育変革の成果によって、初等教育から高等教育にわたりアクティブラーニングが定着している。先駆的な大学では、社会課題を企業などとの協働によって学生たちが解決していくようなプログラムも展開されている。
イトーキが提案する「ITOKI Smart Campus Solution(イトーキ・スマート・キャンパス・ソリューション)」は、プロジェクトベースの学びを空間やデジタル環境によってエンハンスしようとする教育DX構想である。
デジタル技術はいかにして学生を幸せにできるだろうか。イトーキDX推進本部デジタルソリューション企画統括部デジタル技術研究所の小笠原豊と福島浩介が、デンマークの大学教育についてロスキレ大学の安岡美佳准教授に訊いた。

  • インタビューは2022年3月、オンライン形式で実施されました。

デンマークにおける教育制度の特徴とアクティブラーニング

安岡:はじめまして。安岡美佳といいます。生まれ、育ちは東京です。日本の大学を卒業後、アメリカ、そしてデンマークの大学でも学びました。コペンハーゲンIT大学で博士号を取ったあと、デンマーク工科大学をはじめ複数の大学に勤務し、現在はロスキレ大学に所属しています。これらの経験から日本とデンマークの大学教育を比較してみると、根本的なところで様々な違いに気づきます。

デンマークでは、1970年代ごろから格差の是正や女性の社会進出などの社会変化を背景に、教育のあり方が大きく変わったと言われます。教育は生きるための知恵をつけることだとして、これまでの一方的に先生が「教える」スタイルから、実際に本人たちが考え、行動し、失敗し、そこから学習して、振り返りをするという、いわば体に染み込むような学びへと転換したのです。

そのタイミングで2つの大学が新設されました。それが、アクティブラーニングを主とするロスキレ大学とオールボー大学です。その後、社会とITの関係を様々な観点から見ようという思想でコペンハーゲンIT大学が1999年に設立されました。デンマークの大学はすべて国立で、現在は8校あります。

安岡美佳氏(ロスキレ大学准教授)
取材はオンラインで、ロスキレ大学のオフィスからインタビューに応じてくれた。

福島:国内に大学が8つのみ、そして70年代からアクティブラーニングが始まっていた、と聞いて純粋に驚きました。

安岡:デンマークの人口は580万人、サイズでいうとグリーンランドを除けば九州ぐらいの規模で、なおかつ大学進学率は20%に満たないほどです。北欧では、大学に行こうが、ごみ収集をしようが、自分で社会に何かしらの貢献をしているという意味では皆同じ、という価値観があります。どのような職業でも、最終的に稼げる金額はそこまで変わらないと言われますので、本当に研究したい人、教育に関わりたいという人が大学に集まっていると言えます。

アクティブラーニングについては、特にロスキレ大学が進んでいて、プロジェクトとレクチャーの割合が半分ずつといった具合です。私がいま担当している授業も、講義で学んだことを、並走するタイミングで企業など外部とのコラボレーションプロジェクトで実装していきます。学期の初めは講義の割合が少し多く、同時にプロジェクトもスタートし、パートナー探し、メンバー構築、課題探しが行われます。最後のほうはプロジェクトの割合が7~8割くらいになり、成果レポートを書き、発表して終了となります。

アクティブラーニングが面白いのは、レクチャーは共通していても、そのときの学生が選ぶ課題、外のコラボレーターと一緒にやろうという課題が、今の社会の課題にすごくつながりやすい点にあります。例えば、「じゃあ、ここにサステナビリティを組み入れたビジネスモデルを作るとしたらどうするか」とか。最近であれば、ITセキュリティーやフェイクニュースへの対応など、リアルタイムの社会動向や課題が過去からのセオリーと組み合わされて、学生のラーニングにつながっていると感じます。

福島 浩介(株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部 デジタル技術研究所)

専門家教育に対する慣習や社会制度の違い

小笠原:日本では、大学進学率は58.9%と高いものの、将来何をやったらいいのか分からない、という学生たちが多いように感じます。とりあえず何となく文系、理系というふるいにかけてしまう。次に「理系に入ってみたけど、本当は機械がいいのか、建築がいいのか」と、やはり何となく自分の専門を決めてしまう。専門家教育と具体的な職業イメージとを一つの線上にイメージしづらいところがあると思います。

安岡:大学進学率は世界のなかでも米国と日本が突出して高いですよね。デンマークの大学では、大体22~23歳くらいで入学することが多く、30代の方も結構います。中学や高校を卒業した後に、世界を5年間ぐらい回っていたとか、いわゆるギャップイヤーと呼ばれるような期間を取ってから大学に来るなど、自分の専門を決める前に自分でいろいろ模索している人が多い印象を受けます。

なお、専門家教育については、インダストリアルPhDという枠組みがあります。博士課程はファカルティの一員として給与を得るポジションです。通常は、外部ファンドや国の負担で3年間博士学生として「雇用」されますが、この制度では、企業が半分お金を出して、もう半分は大学や国が負担する形で、企業の課題に沿ったアカデミックな研究を大学でしてもらいます。こうした制度設計により、社会のニーズに合う専門家の育成に成功しているのではないかと思います。

イノベーションに向かう学びをエンハンスするデジタル技術

福島:私たちイトーキが提案する「ITOKI Smart Campus Solution」は、デジタル技術を活かしながらプロジェクトベースの学びを空間や環境の機能からエンハンスしようとするものです。その柱となるコンセプトには、多様な学びのスタイルを実現する「多様自律化」、学生一人ひとりの研究や専門領域に合わせた「個別最適化」、そしてオープンイノベーションなどの促進によって多様な人との接点を作る「学際協働化」の3つを挙げています。

こうしたコンセプトを具現化するのがプロジェクトベースの学びだと考えています。テーマの探索に始まり、企画、開発、実装、発表というように、プロジェクトを6つのプロセスに整理し、それぞれに求められる空間の機能やデジタル環境のアイデアを構想しました。さらに、ケンチクイラストレーターのイスナデザインをパートナーに迎え、全体構想をイラストで表現しました。

例えば、世界の貧困問題に関心を持っている学生が、講義で興味を持ったケースを深掘りするために図書館に行って調べごとをしていたり、同じ興味を持っている外部の人たちと学内または遠隔でミーティングをしたり。あるいは一人きりで自分のテーマに対する課題解決策を練り、そして考えた解決策を他大学の人たちや一般の人に提示してフィードバックを得るといった流れを想定しています。このように学内外の人々や情報とオンデマンドかつハイブリッドにつながることができるオープンな空間と環境を提案しています。

安岡:すごく面白いですね!楽しんで拝見しました。先ほど、デンマークのいい話をたくさんしましたけれども、必ずしもすべてがうまくいっているわけではなく、それなりに不満や改善すべき点もたくさんあります。それらを踏まえて、とても重要な観点が集約されていると思いました。

例えばメディアライブラリーで情報を集めるとか、多様でいろいろな観点からいろいろな意見を言えるような人たちが集まるようなコラボレーションの場所が、イノベーションには重要です。また、共創や参加型デザインといった考え方は、デンマークでも重要視されてきた要素です。

また、オープンな空間という点に関連して、今後は学校の定義が変わってくるかもしれないと思います。すでにイノベーションに向けた様々なプロジェクトが、学校や会社、あるいはパブリックな図書館など様々な場で展開されています。変化の激しい社会において学校を卒業しても学び続けることが求められるなかで、大学に限らず会社をはじめとする様々なコミュニティが学びのコミュニティを兼ねているというのも、全然不思議なことではなくなると思います。

小笠原 豊(株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部 デジタル技術研究所)

教育データ活用の可能性と課題

福島:ご紹介した「ITOKI Smart Campus Solution」の次の研究として、学生の学習データや生活を含めて生成されるデータをポートフォリオとして管理できるようにし、就職活動等に活用できないか、ということを考え始めています。一番の課題は、果たしてどうすれば学生が幸せになれるのだろうか、ということです。データを取得し、蓄積することは、本人だけではなく誰かに見られる可能性もあります。成績をつけるのにデータを使われてもいいよという学生と、データはあくまでも自分管理のために記録としてつけているという学生と両方いるはずです。その切り分けや理想のサービス像を模索しています。デンマークでは、学習データ活用はどのように行われているでしょうか。

安岡:すごく面白いトピックだと思います。デンマークもまだそこまで展開されておらず、ポートフォリオの話も最近になって出ています。でも、どう形にするかはまだ定まっていません。学生にも、学校にもそれぞれ言い分があるなかで、やはり、最終的に団体である学校側のほうが個人より優位な立場になりがちなので、そのパワーバランスを考慮し、強制につながらないようにすべきだと思います。

例えば、デンマークで検討されている方向性は、データを開示するかどうかは学生が決める、でも、元データが正しいかどうかは学校で承認するというような形です。最終決定者は個人、それを証明するのはオーソリティーというわけです。これは税金の支払いなど様々な国の仕組みのなかで採用されている考え方です。まず、人が幸せなシステムをどう設計するかということが大切だと思います。

福島:なるほど。データは学生個人のものだけれども、言葉を選ばずに言うと、うそをついてアピールはできない。「こういうことを頑張ってやってきた」ということは宣言できるけれども、それを「確かにやってきたね」と言ってくれるのは先生とか大学側だということですね。

安岡:そうですね。もちろん、オールAを取った人は、それを公開したいかもしれないし、逆に、自分ではよくできたレポートだと思っても、先生が評価してくれなかったというように思っている人も、やはりいると思うので、そういう人は、もしかしたらレポートを公開したいかもしれないですよね。ポートフォリオがそれを可能にできればと思います。

幸せとテクノロジーの関係を議論する必要性

小笠原:デジタルを活用した社会システムの設計においては、人間を中心に据えた、幸せという観点が抜け落ちてしまうと、結果として要らないものを作ってしまう可能性がありますよね。日本では、面倒を無くすためにいろいろ仕組みを整えているはずなのに、まだまだ面倒くさいことが多いと感じます。こうした現状を変える方策のひとつが、学生つまり個人の幸せは何か、社会にとっての幸せというのは何かということを起点とした、プロジェクトベースのワークをたくさんやっていくことなのだろうと思います。

安岡:そうですね。テクノロジーは人間の能力を拡張するものです。でも、ベースにあるのはやはり人間だというところは忘れてはいけません。例えばスマートシティの展開を考えてみても、中国のように街を守るために顔認識や生体認証をして、人々のプライバシーも全部取り払われてしまうような状況が発生しています。その一方で、デンマークをはじめヨーロッパではGDPRを導入したり、AI開発の倫理ガイドラインを作っていて、中国のような個人認識や、スコアリングを国が実施することを禁止するといった方針をとっています。

幸せとテクノロジーの関係において、テクノロジーで何ができるかということと、何を私たちはするべきで、何をしてはいけないのかをきちんと考え、選択することが重要です。幸せの定義は人それぞれであっても、やはり社会全体でどうありたいかを考え、議論していくべきだと思います。

福島:幸せとは何か、というとすごく漠然なもののように感じられますが、大学はもちろん、あらゆる環境や、社会をデザインしようとするときの、核になるものだと改めて思いました。本日はありがとうございました。


GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)に関する情報提供、個人情報保護委員会
https://www.ppc.go.jp/enforcement/infoprovision/laws/GDPR/

“Ethics guidelines for trustworthy AI”(人工知能(AI)開発のための倫理方針)2019年11月8日、欧州委員会
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/d3988569-0434-11ea-8c1f-01aa75ed71a1

安岡 美佳(Mika Yasuoka Jensen)

ロスキレ大学准教授/北欧研究所代表/国際大学GLOCOM客員研究員。北欧におけるITシステム構築手法としての参加型デザインやリビングラボの理論と実践、それら手法の社会文化的影響に関心を持つ。近年では、IoTやコンピュータシステムが人々のより良い生活にどのように貢献できるか、社会におけるデジタル・トランスフォーメーションをどのように進めていくのかといった社会課題の解決に、参加型デザインやリビングラボの知見を応用するプロジェクトに取り組んでいる。

Interview by

小笠原 豊
株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部 デジタル技術研究所
大学・大学院において建築学を専攻し、卒業後、建築に特化したCG、VR等デジタルコンテンツのクリエイティブプロダクションにて、コンテンツ制作、企画・プロデュースに従事。2012年より株式会社イトーキにて、オフィス空間とデジタルメディアのインターフェイスを軸に、メディアデザインや、音声データを活用した会議文脈分析、組織の創造性、次世代の学びの場などをテーマとした学際的共同研究を通じ、新しい働き方、学び方に関するソリューションの企画・開発を行っている。

福島 浩介
株式会社イトーキ DX推進本部 デジタルソリューション企画統括部 デジタル技術研究所
2013年に株式会社イトーキに入社。商品開発本部プロダクトデザイン室に配属され、オフィス市場・医療市場・教育市場で使用する家具の企画やデザインに従事。2019年同本部先端研究統括部へ異動。“これから”の働き方や学び方に関するコンセプトづくりを行い、プロトタイプを制作。コンセプトの啓蒙活動と並行して、実社会での検証を行うためにパートナー企業や高等教育機関と共同研究に取り組んでいる。自身の最近の研究・開発テーマは、「学びの場における活動データ収集と利活用の方法」。

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