約5万人の学生を擁し、毎年1万人超の学生を社会に送り出す早稲田大学。社会に与える影響は大きく、データを使いこなす人材育成への期待は高まるばかりだ。全学向けのデータ科学教育プログラムがスタートしてから6年が経ち、見えてきた課題もあるという。解決のための施策や、今後の展開について、前編に続きデータ科学センター(以下、DSセンター)の野村亮教授に伺った。
年間、約1万7千人が履修。認定制度の効果に期待がかかる
2023年度のデータ科学科目の履修者は、大学院生も含め、延べ人数で約1万7千人。全学生数約5万人の中でのこの数字を、野村教授はどう見ているのだろうか。
――履修者の推移をみて、どのように感じられますか。
野村亮(以下、野村) まだまだ足りないものの、この6年で科目を必修にする学部は増加傾向にあり、手応えは感じています。必修科目に指定されると一気に履修者が増えるわけで、例えば政治経済学部や商学部、社会科学部の履修者の多さはそうした背景によるものです(図3)。
必修化の増加は、データ科学という学問領域の重要性と同時に、DSセンターが提供する教育コンテンツへの評価の高さを表しているのではないか。コンテンツのクオリティーに関しては、実は履修者の習熟度を測る仕組みで可視化されている。DSセンターでは早稲田大学独自の制度として、「データ科学認定制度」を設置しているのだ。
――「データ科学認定制度」の詳細について、お聞かせください。
野村 履修者のデータ科学に関する能力を、四つの級で認定しています。到達目標の明示により、学生個々の力や興味関心にいっそうマッチした学習機会の提供につなげることを目指しました。A群科目の一部の単位を修得すると、基礎となる『リテラシー級』が付与されます。その後、初級・中級・上級と発展していくのです。リテラシー級と初級の教育プログラムについては文部科学省の認定である『リテラシーレベル』『応用基礎レベル』『応用基礎レベルプラス』を取得しており、公的な意味でプログラムとしての保証を備えています。現状の課題としては、リテラシー級の取得者はそれなりに多いのですが、その先の初級となると一気に減ってしまうこと。いったん初級を取得してしまえば、そのまま中級・上級取得へ移行する傾向が見られることから、リテラシー級から初級へジャンプアップするモチベーションが鍵であると考えます。
認定制度がもたらす効果については、今後、卒業生の進路やインターンシップ、産学連携の実績などが証明していくだろう。身近なロールモデルが増えるにつれ、認定制度も浸透し、取得へのモチベーションも向上するはずだ。ロールモデルの重要性についてはDSセンターでも意識しており、発信するためのさまざまな施策が行われている。コンペティションはその一つだ。誰でも参加できるコンペであり、毎年決まったテーマに沿ってデータを分析、結果を発表する。これまでに5回開催されており、参議院選挙の予測をしたり、企業から提供されたマーケティングデータを用いたりと、かなり実践的な内容になっている。
野村 よく、理系学部の学生を対象としたコンペのイメージで見られますが、該当学部生は全体の2割程度で、文系学部の学生のほうが多く参加しています。テーマと自分の専門性をうまく掛け合わせ、例えば同じ金融データを活用していても、『防災』『公共政策』などアプローチの視点はさまざまです。このコンペの意義は、研究の素晴らしさよりも実践することそのものにあります。実データを使う経験を積む機会として、また学部・大学院横断で裾野を広げる一環として、運用していくつもりです。
学生サポートサービスを充実させ裾野を広げる
裾野を広げるべく、DSセンターではデータサイエンスを学びたい学生からの履修相談をはじめとするサポートも拡充させている。履修相談は、目的や内容に応じて履修科目および履修計画をアドバイスするものだが、とくに学生から厚く支持されているのが、LA(Learning Assistant)による支援だ。十分な知識を有する大学院生(一部学部生)がLAとなり、授業レベルの質問対応を行う。授業期間中は常駐し、対面で質問できるほか、LMS(Learning Management System)上の掲示板やチャット、オンラインコミュニケーションツールなどでも対応可能だ。年齢が近い先輩学生の存在は、データサイエンティストのロールモデルにもなり得るだろう。
こうした早稲田大学の取り組みに続き、全国の他大学も同様のセンターや学部の設立を進めている。先駆者である早稲田大学の強みは、約5万人の学生を擁する総合大学であるということだ。データサイエンス教育に特化した学部が抱えられる学生数は年間200〜300人程度がマックスだと想定される。一方、DSセンターが全学部・研究科に横串を通す早稲田大学の場合、対象とする学生の年間卒業生数は1万人を超える。毎年、社会にそれだけの人数を送り出す教育機関が、データサイエンス教育に注力するインパクトの大きさは言うまでもない。
野村 約5万人の学生が在籍するなかで、すべての学生にリーチすることが難しいのは確かです。しかし、これまでのDSセンターの活動を通して各学部からの注目度は高まり、学生個々にしてもデータサイエンティストという進路をイメージできるようになったのではないかと感じています。今後は引き続き認定制度の価値を上げ、履修者を増やす施策を講じていきますが、キャリア支援にも力を入れていきます。
研究教育のためのコンソーシアムも立ち上がった。参加企業への長期インターンシップや社会人受託教育、共同研究へのプラットフォームが確立され、さらなる広がりが期待される。DSセンターをハブにして、早稲田大学でデータサイエンスを学んだ人材が多様な領域で活躍する日が待たれる。
- イトーキ 植田コメント -
現代社会において、データを読み解くチカラ、分析し課題解決に繋げるチカラ、データを取り扱えるチカラの必要性は高まっており、DXを推進して行く上でも重要なファクタであると認識しています。
認定制度とあわせてカリキュラムを構築した教育プラグラムの仕組みづくりは、企業がDX人財育成を進める上でも、参考にさせていただきたい考え方であり、また、これらの教育プログラムを受けた学生が社会に輩出される今後を想像すると、データ活用できること社会人として当たり前の世界線があると、大変興味深くお話を聞かせていただきました。
データサイエンスと専門性の融合は、デザインや空間設計を専門とするイトーキにおいても、Office3.0を実現するデータビジネスや、ITOKI Smart Campus Solution(イトーキが考える教育DX)に当てはまる概念だと考えます。ITOKI Smart Campus Solutionを通じて、次世代の教育を支える新しい学びを提案し、未来の教育改革を推進する取り組みをご提供してまいります。
野村 亮(のむら りょう)
早稲田大学データ科学センター教授 博士(工学)
早稲田大学理工学部卒、早稲田大学大学院理工学研究科修了。早稲田大学理工学部助手、青山学院大学理工学部助教、専修大学ネットワーク情報学部教授などを経て、2019年から現職。