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デジタル技術を駆使して恐竜のナゾに迫る 福井県立大学恐竜学部の挑戦(前編)

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2025年4月、福井県立大学に注目の新学部が誕生する。その名も、恐竜学部。発掘した化石をCT(コンピューター断層撮影)や3Dレーザースキャナーで撮影してデータ化、3DCGやレプリカを作ったり、VR(仮想現実)を使った授業を海外の研究者と共有したりと、さまざまな授業が展開される予定だ。恐竜学の授業にデジタル技術を取り入れる意義とその手法について、福井県立大学恐竜学研究所の西弘嗣教授と河部壮一郎准教授に話を聞いた。

「うちがやるべきだろう」と県と大学の思惑が一致 

-まずは福井県立大学が恐竜学部を新設することになった経緯をお聞かせください。 

西 「福井といえば恐竜」と言われるように、福井県ではこれまで数多くの恐竜化石が発見されています。きっかけは、1982年に福井県の女子中学生が石川県で見つけた歯の化石でした。当時、福井県立博物館の学芸員をしていた東洋一先生(現・福井県立大学名誉教授、福井県立恐竜博物館名誉顧問)がそれを見て、「恐竜の化石に違いない」と直感。その後の鑑定で肉食恐竜の歯であることがわかりました。

東先生は化石が見つかった石川県の地層が福井県にもつながっていることから、「福井でも掘れば恐竜の化石が出てくる」と予想を立てました。そして福井県勝山市の地層(手取層群)を掘ったところ、予想通り恐竜の化石が大量に発掘されたのです。

発掘に当たっては福井県が費用を予算化することになり、恐竜研究を継続的に進める体制づくりが始まりました。まず最初に、福井県立博物館の恐竜の部門を充実させ、2000年には恐竜博物館(勝山市)が開館、そして2013年に福井県立大学に恐竜学研究所が設置されました。研究所では発掘された化石から複数の新種の恐竜を報告するなど、これまで多くの成果を上げています。

もともとわれわれ専門家の間では、次世代の恐竜研究者を育てるために、恐竜学の基礎を学べる学部が必要だという意見が以前から強くありました。しかし、日本では恐竜学を学べる大学が非常に少ない。「ならば、うちがやるべきだろう」と県と大学の思惑が一致し、新学部設立の動きが本格化したわけです。

――学部教育の柱の一つが「デジタルを使った授業」となっています。こちらについて、詳しく教えてください。

西 他の分野と同様、デジタル技術はすでに恐竜研究と切り離せないものになっています。たとえば医療用に使われるCTは、恐竜研究にとっても最も利用価値の高いデジタル機器の一つです。これはX線を用いて断面画像を取得する機器で、恐竜の研究用には医療用のものよりX線の線量が多い工業用CTを使用しています。

化石の発掘では、骨の化石が岩石と一体化していて、取り出しが困難であることがしばしばあります。しかしCTを使えば実際に化石を取り出すことなく、その画像を取得することが可能となります。たとえば2013年に全身骨格が見つかった化石鳥類「フクイプテリクス・プリマ」は、骨が非常に小さいために取り出しが難しく、CTで骨の画像を取得しました。そしてPCの画面上で骨の取り出し作業を行い、そのデータをもとに3Dプリンターで骨格を復元しました。これによって分類学的な研究が一気に進み、フクイプテリクス・プリマが「始祖鳥」に次ぐきわめて原始的な鳥類であることが明らかになったのです。

河部 CT画像を利用することで、化石として残っていない脳などの軟組織の形や位置もわかるようになりました。軟組織の形や位置は、これまでは恐竜の頭骨標本を輪切りにして確かめる必要があり、容易ではありませんでした。したがってCTの利用は、恐竜研究において飛躍的な進歩といえるでしょう。たとえば私はCTを使って、福井県で見つかったある肉食恐竜の仲間の恐竜の脳函(頭骨の中で脳を覆っている部分)を解析し、頭骨の形から脳と内耳の3次元画像(以下、3DCG)を作成しました。ここからさらに全身の骨格の形質を見極める作業を重ねることで、2016年にこれを新種の恐竜「フクイベナートル」として論文発表しました。フクイベナートルの三半規管は恐竜や爬虫類の中でも特に発達していて、バランス感覚に優れていた可能性があること、また蝸牛管の長さから、比較的広い音域を聞くことができた恐竜ではないかと推定しています。

ティラノサウルスの下顎をCT撮影した際は、外部からはわからない顎の中に収まっていた歯と、歯の下側を前後に走る血管と神経が通っていた管が細かく枝分かれしている様子を確認することができました。他の恐竜ではこのような複雑な形はしておらず、どちらかというとワニのそれに近い形をしていたので、ティラノサウルスはワニ並みに顎先の感覚が鋭かったと思われます。

海外の標本を移動させることなく日本で展示

――恐竜研究には「フォトグラメトリー」という技術も使われるそうですね。
河部 フォトグラメトリーというのは、被写体をさまざまなアングルから撮影した写真を解析・合成し、3DCGモデルを作成する手法で、デジタルカメラと専用のソフトがあれば簡単に用いることができます。一例を紹介しましょう。私は恐竜博物館の研究員を兼務しているのですが、博物館では常設展示のほかに、期間限定の特別展を開催することがあります。その場合、他館から貴重なものを借用してくることも多く、2018年の特別展では、「フクイラプトル」という福井の肉食恐竜に近縁である「ネオベナートル」の全身骨格の標本を借りるため、イギリスのワイト島にある博物館に出向きました。しかし、貴重な標本を借りるのは至難の業です。なぜなら、実物を貸せば破損や紛失のリスクがあるうえ、貸している間は博物館に展示物が不在となってしまうからです。そこで私たちはネオベナートルの全身骨格のデジタルデータを作成し、それをもとにレプリカを作らせてもらえないかと提案、承諾されました。このとき役立ったのがフォトグラメトリーです。標本の骨を一つひとつ外してカメラで撮影し、3DCGを作成。それを3Dプリンターで出力し、レプリカを仕上げました。全長約7メートルにおよぶネオベナートルのレプリカは迫力満点で、特別展は大盛況でした。海外の博物館に展示されている標本を日本に移動させることなく、そのレプリカを展示することに成功したのです。

西 より大きな対象物は3Dレーザースキャナーが有効です。私は東日本大震災が起こったとき、東北大学で教員をしていたのですが、そのとき大学では被災地を3Dレーザースキャナーで撮影し、データ化して所蔵することに取り組んでいました。このデータをもとにVR空間を作れば、当時の被災地の様子を体感することも可能なわけです。考古学の分野では、3Dレーザースキャナーを搭載したドローンで遺構を撮影することが行われています。遺構は調査後に再び埋め戻さなければならないので、このような方法で記録を残せることは大変貴重です。これと同じことが、化石の発掘現場でも行われつつあるのです。

後編では、デジタル技術の授業活用と今後の期待について伺います。

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