2025年4月に新設される福井県立大学恐竜学部。最新のデジタル技術を駆使した教育・研究が期待されているが、「ここで学ぶ学生たちにはデジタル一辺倒ではなく、人間とデジタルが共存できる社会を目指す人材に育ってほしい」と福井県立大学恐竜学研究所の西弘嗣教授は言う。日本随一の恐竜学の学び舎が目指すものとは――?
恐竜博物館の隣接地に勝山キャンパスを開設
河部 工学系の分野で研究が進んでいるコンピューターシミュレーションを、恐竜学に応用する取り組みも始まっています。たとえば、物体の強度や剛性など物理的な性質を数値解析する「FEA」という解析手法を使うと、構造物がどのように力に耐えうるかをシミュレーションすることができます。これを使って恐竜の頭骨の強度を分析したり、その他にさまざまな手法を用いてティラノサウルスがどのくらいのスピードで走っていたのか、羽毛恐竜や始祖鳥がどのように飛行していたのかなどをシミュレーションしたり、さらにそれをロボットで再現したり、という研究も進められています。
――恐竜学部ではそうしたデジタル技術を使って授業を行うわけですね。
西 恐竜学部では、2年生以降が学ぶ勝山キャンパス(2026年4月供用開始予定)に最新の工業用CTをはじめ、CT画像解析やフォトグラメトリーのためのソフトウェア、3Dプリンターなどを準備しています。勝山キャンパスは恐竜博物館に隣接しており、化石の発掘現場からも近い立地になります。学生は授業の中で実際に化石発掘を行い、化石の画像データから3DCGを作ったり、レプリカを作ったり、バーチャル空間で展示や観察を行ったりする予定です。
河部 海外の発掘現場を撮影したデータからVR空間を作り、授業をすることも想定しています。恐竜学部では海外実習も予定していますが、30人(予定定員数)の学生を頻繁に海外に連れていくことは現実的に難しいので、VRの授業で補完します。これは同時にVR技術を学べるので、大きなメリットになるでしょう。VRは恐竜研究において、幅広い活用が期待できると思います。福井県立大学はタイなどと長期間にわたって共同発掘をしていますが、VRというバーチャルな空間で恐竜のデータを共有し、海外の研究者たちと共同作業することも考えられます。
西 ただし、恐竜学を学ぶうえで一番大事なことは、学問の基礎となる自然科学です。自然科学では、地学や生物はもちろん、化学や物理まで、高校で学ぶ理科4科目すべてが土台となります。学部ではまず自然科学の基礎をしっかり学び、恐竜を含む古生物学や地質学の土台をつくったうえでデジタル技術などを身につけてもらうカリキュラムになっています。
恐竜学部で学んだことは、地球の未来を想像することにつながります。恐竜が生きていた白亜紀の気候は今とは大きく異なり、二酸化炭素濃度は諸説ありますが、1000ppmをはるかに超えていたことは間違いなさそうです。北極や南極にも氷はありませんでした。つまり恐竜学を学ぶということは、今後、地球温暖化でこのような世界になったとき、私たちはどうなるか、どう対処すれば生存できるのか、などを考えることにもなるのです。こうした学問の広がりが、将来、幅広い分野で役立つと考えています。
◆デジタル技術によって日本の恐竜学は大きく進展
河部 デジタル技術は、技術そのものを習得しようとすると、苦手意識を持つ人もいるのではないでしょうか。しかし私もそうでしたが、「恐竜の脳がどうなっていたのかを知りたい。よし、CTを使って調べてみよう」というように、興味のあるものから入っていくと、自然に技術は身についていくものです。恐竜学部に入ってくる学生は基本的に「恐竜が大好き」な人たちだと思いますから、難度の高い技術の習得も楽しく進めていけると期待しています。
西 デジタルにおいては、AI(人工知能)の登場が技術革新のスピードを加速させています。その一方で「AIに仕事を奪われる」と懸念されているわけですが、私はAIと人間はうまく共存できると考えています。実際、恐竜研究では多くの課題はあるものの、研究者はデジタル技術を使いながら現場で生き生きと仕事をしています。恐竜学部設立の目的の一つは、最新鋭のデジタル技術を担う人材を育てることですが、ここで学ぶ学生たちにはデジタル一辺倒ではなく、人間とデジタルが共存できる社会を目指す人材に育ってほしいと願っています。
――デジタル技術における今後の課題はありますか?
西 CTやカメラを使ってデータを取る作業は機械が自動的にやってくれますが、それを加工し、CGを作るのは人間の手作業です。莫大な数の断面画像を一枚ずつ見ていき、目的の部分をコンピューター上で塗っていくなど、地道な作業の繰り返しで、この工程に数カ月かかることもあります。まだデータ化されていない恐竜化石は膨大にありますから、コストも含め、どのように効率的に進めていくかは課題だと思います。多くの化石標本をデータ化し、3DCGやレプリカを提供する体制が整えば、それらを商品化するビジネスも可能になる。恐竜コンテンツによって資金を得られれば、恐竜研究はさらに加速すると思いますし、福井県の財産にもなります。
現在、恐竜研究は、発掘された数が多く、標本数も豊富なアメリカ、ヨーロッパ、中国が先行しています。しかしそうした国々でも、化石標本のデータ化が進んでいるとはいえません。したがって、デジタル技術を駆使することで日本の恐竜学が大きく進展し、他国に追いつき、追い越すことも可能なのです。そのような未来を夢見ていますし、そこに近づくために尽力をしていきたいと思います。
―イトーキ 小笠原コメントー
お話を伺い、CTや3Dプリンター、VRといった先端技術を多面的に、柔軟に活用され、研究の幅を広げられている様子がとても印象に残りました。
私たちのご提案するスマートキャンパスも、お客様の課題に対して技術を組み合わせ、学びの可能性を広げるご提案しておりますが、あらためてデジタル技術は手段であり、如何に上手に使い、課題解決できるかという視点を学ばせていただきました。
西 弘嗣(にし・ひろし)福井県立大学恐竜学研究所教授
1958年熊本県生まれ。九州大学大学院理学研究科博士後期課程修了。理学博士。東北大学学術資源研究公開センター東北大学総合学術博物館教授、東北大学学術資源研究公開センター長などを経て、現職。専門は古生物学、地質学、古環境学。
河部 壮一郎(かわべ・そういちろう)福井県立大学恐竜学研究所准教授
1985年愛媛県生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。福井県立恐竜博物館研究員。専門は脊椎動物の比較形態学で、特に鳥類を含む恐竜や哺乳類の脳形態の研究をしている。