東京理科大学には東京・神楽坂、東京・葛飾、千葉・野田、北海道・長万部の四つのキャンパスがあるが、経営学部国際デザイン経営学科では1年生全員が長万部で寮生活を送り、2年生以降は東京・神楽坂のキャンパスで学生生活を送っている。長万部と神楽坂、二つのキャンパスをいかにシームレスにつなぐかという点は、大きな課題だった。同大学が選択したコミュニケーションツールとは何か? 神楽坂キャンパスを訪ねた。
遠く離れていても学問領域の思想や文化を伝えられるツール
等身大のスクリーン、その向こうには北海道・長万部キャンパスの学生たちが集まっていた。近くに立つ学生の声は大きく、遠くの学生の声は小さい。現実空間の音響法則に基づいた設計は、離れた地にいる学生の存在を、同じ部屋にいるかのような近さで感じさせる。
東京理科大学が国際デザイン経営学科(以下IDM)を設置したのは2021年度だが、コロナの影響もあって1年生を北海道・長万部キャンパスに送り出したのは、昨年度が初めてだ。1年生たちは1年間、寮生活で寝食をともにしながら教育を受ける。IDMの飯島淳一教授に、その意図を伺った。
「IDMが目指すのは、先の見えない時代におけるさまざまな困難に対し、『異なるバックグラウンドや専門性を有する人材をつなぎ、課題を解決していくリーダー』の育成です。大前提として、課題の本質を見抜くためには異文化への対応力や共感力が欠かせません。それらの力を育むには、これまでの生活圏内ではなく未知の土地での経験が貴重になります」
北海道・長万部キャンパスには地域連携のカリキュラムも組み込まれている。実際の地域課題を取り上げ、当事者と協力しながらよりよい未来を構想する、北欧の「コ・デザイン」と呼ばれる手法だ。この実践的な学習には、学問、自然、人が一体となった環境が必要だった。昨年1年間、長万部でコ・デザインを体験して2年進学と同時に神楽坂キャンパスに戻った先輩学生たちは、確かな共感力を身につけていたという。都会しか知らない学生には、地域が抱える課題の根本がわかりづらい。現地で生活し、当事者と話して初めて、土地によってリソースがまったく違うことに気づくのだ。そこから「共感」が生まれる。相手の視点でものを見ることができない限り、実現可能な解決策への模索は始まらない。IDMの1年生が経験しているのは、この先の人生にも影響を与える貴重なものといえるだろう。
学生が1年間を長万部で過ごすにあたり、一つの懸念事項があった。それは、長万部と神楽坂でのコミュニケーションが円滑かつ有機的にとれるかということである。
「私をはじめとするIDMの教員が隔週で長万部へ出張していますが、日常的なコミュニケーションをとるには距離があります。IDMという学科の思想や文化を学生に伝えるために、何をすべきかの検討を重ねました」
まるでそこにいるかのような臨場感が選定のポイント
キーワードは「つなぐ」だ。二つの拠点をどうつなげるのか、いくつかのコミュニケーションツールが候補に挙がったが、その中に異次元な体験を提供するサービスがあった。それがtonari株式会社の「tonari」だ。
「tonari」は等身大のスクリーンを介して二つの空間をつなぐコミュニケーションツールである。映像・音声の遅延によるストレスをなくすことへのこだわりと、高画質スクリーン、遠近の違いがわかる音響設計が特徴だ。
「初めて体験したとき、『どこでもドア』を連想しました。選択にあたって迷いはなかったです。とくに映像・音ズレは本当に感じられず、じゃんけんが自然にできるレベルでした。リモート会議をしていても、まるで隣に座っているかのように自然な交流ができます」
目線がちょうどよい高さにくるよう、カメラはスクリーン中央に隠されている。専用のモニターで資料や映像、アプリを共有できるので、プロジェクトの共同作業もスムーズだ。神楽坂キャンパスでは主にデザイン系の授業で作業を行う教室に、長万部キャンパスでは食堂2階の学生ラウンジに、それぞれスクリーンとモニターを設置している。特徴は、常時接続であること。ミーティングや面談のように時間の決まった使い方ではなく、本当に自然にスクリーンの向こうを学生が行き来することに意味がある。
「偶然性や偶発性の高い場所でこそイノベーションは生まれやすいと言われています。『tonari』が常時つながっていることで、長万部のラウンジを通りかかったり、テーブルに座っていたりする1年生に、神楽坂にいる上級生が声をかける。その逆もまたしかりです。今の2年生は前年度に長万部を経験していますから、1年生からしたら尋ねたいこともたくさんあるでしょう」
二つの空間を可能な限り自然につなげようと、同じ模様のカーペットを敷き、机や椅子などの什器も同じ色や形でそろえた。神楽坂キャンパスでは音の反響を抑えるため壁に吸音パネルを貼り、tonari社の担当者が音量の調節を何度もテストしたという。ハード面での環境整備を進めることで、「同じ空間にいる」感覚はさらに向上した。